2006年07月10日
行け!俺たちのニッポン!:煙山光紀

民放ラジオ97社の代表として、ドイツに来てから1カ月半たちました。いよいよ、明日9日は決勝戦という日に、この原稿を書いています。日本代表については、もう“オシムジャパン”に皆さんの興味は移っていると思いますが、あえて“W杯でのジーコジャパン”について感じたことを書きます。
2006年06月 9日
『ヒデになれ!』:煙山光紀
今回のW杯ドイツ大会で、民放ラジオ97社の代表として取材、レポートを担当しています。日本代表に密着して12日が経ちました。ここまでの印象はとてもいいです。
2006年05月 5日
「信じよう、日本の力」:煙山光紀
W杯開幕まで1カ月あまりになりました。少なくとも、僕の周りでは、専門家も、ファンも、日本の1次リーグ突破は相当苦しいという意見が多くなってきたように感じられます。「ブラジル? 無理無理。クロアチア? あのアルゼンチンに勝ったんだぜ。日本が勝てるわけないよ。オーストラリア? メンバー全部海外組で、監督はヒディンクだぜ。勝てないよ」という具合。また、そう言った方がサッカー通だし、日本が勝つと言うのが恥ずかしいというような傾向すらあるような気もします。
2006年01月30日
『小野よ、キャプテン翼になれ!』:煙山光紀
小野伸二選手が浦和レッズに帰ってきました。埼玉スタジアムで開かれた会見には、代表戦の時に匹敵する150人の報道陣がつめかけました。小野のプレーをまた、間近で楽しめるんだという喜びと期待感が、会場に華やいだ空気をかもしだしていました。
2005年12月19日
「ラジオも劇的、2005J最終節」:煙山光紀
2005年のJリーグ最終節は、5チームに優勝の可能性がある超混戦になり、ニッポン放送では5人のアナウンサーをそれぞれのスタジアムに送り込みました。首位C大阪が戦う長居スタジアムのアナウンサーが、次々に他の4会場に呼びかけていくという中継です。僕はG大阪のスタジアムを担当。いつ「等々力の煙山さん!」と呼ばれるか分からないので、目の前の試合を実況しながら、長居の実況も聴いていなければなりません。ところが、実況に熱が入ってくると…。
2005年10月24日
子供たちに「ありがとう!」記憶に残る球宴:煙山光紀
「2005JOMOJリーグオールスター」中継で大分に行ってきました。1993年に始まったオールスターも今年で13回目。かつてのような大物外国人もいなくなり、日本人のスターも多くは海外に飛び出している。しかも、日本代表の欧州遠征に重なったこともあり、一部メディアではその存続に疑問の声すら上がっていました。
- 煙山光紀(けむやまみつのり/ニッポン放送サッカーパーソナリティー)
- マイクネーム「ケムケム」。1962年広島生まれの大阪育ち。立大経済学部卒。ラジオたんぱ、テレビ北海道を経て1994年ニッポン放送に完全移籍。2002年W杯では日本対ロシア、日本対トルコ戦を実況。劇画調ケムケムワールドにリスナーを誘います。座右の銘は「人生、楽ばかり」。HPはhttp://www.1242.com/


