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ニッカン蹴球倶楽部コラム

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2005年09月13日

「ナオコもやる ☆(=^:^=)☆ そして今」:川上直子

 わたし川上直子の原点は兵庫県明石市立高丘西小学校サッカークラブです。兄のやっていることをなんでも一緒にやりたくて親の反対を押し切って始めたサッカー。ボールをけってみて楽しかったからとかでは全くありません!! 何もわからずに「なおこもやる☆(=^:^=)☆」と言って始めたサッカー。

 「一度始めたら簡単にやめるんじゃない!」という親の教育方針の中で、やめるという選択肢を与えてもらえずに続けた結果=現在の川上直子があります。男の子に混じってやっていた小学時代、体格面、体力面での差はなく対等にプレーしていましたが、当時は女の子がサッカーをやってるコトがまだめずらしい時代で、「女がいるぞー( ̄□ ̄!)」なんてよく言われもしました。

 しかし、その「女が・・・」って言葉に、当時の少女?上直子(その頃は顔黒に髪はポニーテール♪)は過敏に反応し、「男なんかに負けるかぁ!!!」って気持ちをいつも持ってたような気がします。ですから今サッカー選手としてわたしが存在できているのは、親のおかげと、わたしをある意味女として見てくれた男の子たちのおかげかもしれません(*^0^*)☆感謝☆

 でも実際には、指導者やチームメイト、その他ホントに多くの方の支えがあったからこそ、27歳になった今もサッカーを続けてられてるわけです。。。自分のためにやってるサッカーですが、これからも感謝の気持ちを忘れずに、自分らしく続けていきたいと思っています。

 最後に1つ、今は「男になんか!」的な気持ちはないですよ。男性あっての現在のわたしですので・・・。気の強い女だなぁぁぁなんて思わないでくださいね♪♪♪

川上直子(かわかみなおこ/日テレ・ベレーザ所属)
 84年明石市高丘西小1年の時にサッカーを始め、高丘中1年の時に神戸FCレディース(現TASAKIペルーレ)に入団。05年2月、新天地を求めてベレーザに移籍した。TASAKI時代はボランチだったが、「なでしこ」でサイドバックとして起用され、ベレーザでは右サイド、ボランチと幅広くこなす。広い視野とサイドからの攻め上がりが武器。 01年12月に行われた第13回アジア女子選手権(台北)で代表デビュー。04年8月のアテネ五輪にも出場した。国際Aマッチ出場は48試合。 ニックネームは「ハワイ」。156センチ、50キロ。

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