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ニッカン蹴球倶楽部コラム

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2006年01月16日

ホント面白かった:土井敏之

 本当におもしろかった! グイグイ引き込まれた、高校サッカー決勝。スタンド記者席でペンが止まり、前のめりになって見ていました。

 見た目もチームカラーも違う野洲と鹿実。「日本一をかけて」という勝負に拘泥する舞台であっても、相手の良さを消すためのプレーをせずに、互いに「自分たちのサッカー」を貫いた。大げさに言うなれば、イデオロギー論争の様相を呈した。

 それにしてもお互い立派でした。鹿実を見ていると、セットプレーで、流れの中で、何度も練習しているんだろうな、とよく分かります。これが、寄せ集めじゃない、「同じ釜の飯を食うチーム」ってもんだよ、とでも言うよう。後半の入り10分休まず攻めて、落ちない運動量。追いつけなくても何度もアタックしていく姿勢に拍手。そして、無失点の鹿実からもくろみ通り先制点を奪って主導権を握った野洲。決勝点は、番組「スーパーサッカー」のSSザ・ワールドという世界のゴール集に入れたくなるような見事な展開。パス出しから5人がつなぎ切ったプレーには、練習量というより、お互いを理解する力の質の高さを感じさせてくれました。

 おもしろかったと言えば、野洲の山本監督。試合同様会見もなかなか。記者会見おなじみの入り方「まず、ひと言」に5分はしゃべり、質問にも、答えはどんどん膨らんで興味深いフレーズが出てきます。育てたい理想の選手が「チョイ不良(わる)、チョイセクシーな、金払って見に行こうと思わせるヤツ」ってそうそう言えるせりふじゃない! これを聞いて、何をっ、ウチらが育てているのは選手である以前に生徒なんだ! という矜持(きょうじ)がある先生たち(あえて監督ではなく、先生と書きますが)は切歯扼腕(やくわん)、見ておれと次回大会、いや県予選から腕を撫して野洲を待っていることでしょう。

 これこそ「高校サッカーの歴史を変える」と言い続けてきた野洲が頂点に立った意義というもの。新風は吹き込んだ、しかし歴史はまだ変わっていません。次以降によるでしょう。もしかしたら他校の逆襲で変わらないかも知れません。それはどっちでもいいと思うのです。きゅうきゅうと勝ちを目指すのでなく「自分たちのサッカー」を体現しようとする流れになったことが大切なのですから。

 さて、他局物件で終わるのもなんなんで。Jリーグ。各チームの補強も進み、全容が見えてきました。真のビッグクラブと呼ぶにふさわしいチームも出てきて、降格阻止から優勝狙うチームまで、すみ分けもできてきたなと感じさせます。しかし残念ながら上積みなし、ビジョンなしと思わせるところも…。

 「自分たちサッカー」とはサッカー界にはびこるチョイ悪慣用句でもあります。言葉に窮した時に、明確な答えを持たぬ時によく使われたりして。お兄さんたちは野洲、鹿実両校に負けじと、ピッチの上で自信を持って能弁に、いい意味での「自分たちのサッカー」を語れるか? W杯イヤーのJに、イデオロギー論争が大展開されることを願います。

土井敏之(どいとしゆき/TBSアナウンサー)
 1970年(昭和45年)8月19日生まれ。東京・西高−早大法学部を経て、94年NHK入局。その後、TBSに移籍する。スポーツ中継のほか98〜03年には「スーパーサッカー」担当。中学2年生の84年、全国中学バレーボール大会に出場したこともあるスポーツマン。

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