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ニッカン蹴球倶楽部コラム

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2006年01月30日

『小野よ、キャプテン翼になれ!』:煙山光紀

 小野伸二選手が浦和レッズに帰ってきました。埼玉スタジアムで開かれた会見には、代表戦の時に匹敵する150人の報道陣がつめかけました。小野のプレーをまた、間近で楽しめるんだという喜びと期待感が、会場に華やいだ空気をかもしだしていました。

僕の中での小野伸二は、本人には迷惑でしょうが『もっとできるんじゃないか』と、いつも、さらに上を期待してしまう存在なんです。その原点とな?たのは、1998年4月の彼の日本代表デビュー戦、ソウルでの雨の中の日韓戦でした。途中出場でピッチに入るや否や、右サイドを駆け上がる中田英寿にノールック気味のミドルパスをスパ−ンと出したシーンは、今でも目に焼きついています。

 当時中田英といえば、キラーパスを出す司令塔というイメージが定着していただけに、そのヒデを走らせ、当たり前のようにパスを送る18歳のプレーに胸が踊りました。

 試合後は、高揚した素振りも見せず全くの自然体。群がる報道陣を引き連れて選手バスに向かって歩きながら『あっ、後ろ、車が来ますよ。危ないですよー』と、笑顔で気遣う大物ぶりにも感心し『プレーといい、人柄といい、こりゃ、劇画から飛び出した現実版のキャプテン翼になれるんじゃないか』と思ったものでした。当時彼につけたキャッチコピーは、<太陽のような輝き、ひまわりのような笑顔>。

 だから僕の中の小野伸二は<全体のバランスを取りながら気の利いたパスを配給し、チームにリズムとテンポを生み出すプレーヤー>ではなく<太陽のように力強くチームを引っ張り、ゲームを組み立て、味方に点を取らせ、自らもゴ??ルをどんどん決めるプレーヤー>。そうでなければ、満足できなくなってしまったんです。小野伸二が出る試合、ホイッスルが鳴るたび、『プロの実況者にあるまじき、過剰な思い込み』といさめる冷静な声を打ち消して『さあ、今日こそ出るか!キャプテン翼!』(笑)と身を乗り出してしまいます。だから今季、浦和レッズでの小野伸二が、劇画のヒーローのようにプレーすることをどうしても期待してしまう。ほんとに楽しみだなあ。ニコニコしちゃうよなあ。頼むぜ、伸二!

煙山光紀(けむやまみつのり/ニッポン放送サッカーパーソナリティー)
 マイクネーム「ケムケム」。1962年広島生まれの大阪育ち。立大経済学部卒。ラジオたんぱ、テレビ北海道を経て1994年ニッポン放送に完全移籍。2002年W杯では日本対ロシア、日本対トルコ戦を実況。劇画調ケムケムワールドにリスナーを誘います。座右の銘は「人生、楽ばかり」。HPはhttp://www.1242.com/

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