2006年05月15日
早くも欧州入りしたサウジアラビアだが…:海島 健
サウジアラビアが国内リーグ、国内カップ戦をすべて終えたのはW杯出場国の中でもかなり早く、4月21日だった。4月22日から29日まで、8日間の休みがあって、代表候補は30日に首都リヤドに集合。翌5月1日には特別機に乗ってアムステルダム入りし、約2週間のオランダ合宿に入った。5月11日には、合宿の仕上げのベルギー戦が行われた。
左SBにカトランが入ったのを除いて前戦のポーランド戦(3月28日)の時と同じスタメンで、4-4-2の布陣も同じ。
開始早々の失点に出鼻をくじかれてしまった。前半2分、パスを受けたベルギーのクローウォのトラップが浮き球になり、サウジDFとGKの間に落ちた。そこへクローウォ自身が走りこんできて、そのまま流し込まれてしまった。その後15分ほどは、パスの精度やボールキープ力で上回るベルギーに圧倒される時間が続いた。ボールを奪われると3~4本のパス交換でゴール前まで攻められてしまう。
それでも何とか失点せずにしのぎ、流れを取り戻して得たFKのチャンス。テミヤート(アルヒラル)のゴール前にあげたボールは相手のオウンゴールを誘発して1-1の同点弾となった。サウジFWがスペースに走りこんで、しっかりパスが通るシーンも見られるようになった。
だが、後半10分にポストプレーでボールを受けた、ベルギーのボーレにゴールを決められてしまう。何とか同点に追いつこうと、サウジは2トップをはじめとする6人を交代させるなど反撃の機会をうかがったが、相手ゴールを割ることはできなかった。
これで今年になってヨーロッパ勢との対戦成績は3分け3敗。少し詳しく見よう。(国名の右の数字は5月現在のFIFAランク。右端は対戦場所)
1月18日 スウェーデン (16) 1-1 (リヤド)
1月21日 フィンランド (49) 1-1 (リヤド)
1月25日 ギリシャ (19) 1-1 (リヤド)
3月1日 ポルトガル (8) 0-3 (ドイツ)
3月28日 ポ-ランド (28) 1-2 (リヤド)
5月11日 ベルギー (56) 1-2 (オランダ)
一見ヨーロッパの強豪、古豪相手に善戦しているかのように見えるが、国際Aマッチデーであった3月1日以外は、欧州各国リーグの開催日と重なっており、各国とも1軍半-2軍クラスを送ってきた。対するサウジはほとんどフルメンバー、しかも4戦はホームで戦っているのだ。欧州予選をしっかり勝ち上がってきているW杯1次リーグH組のスペイン、ウクライナとの真剣勝負は、現状ではあまりに厳しいと言わざるを得ない。
ベルギー相手に敗れたサウジは、14日にトーゴと対戦した後、いったん帰国し5日ほど休養するという。日本の場合は、国内(福島のJヴィレッジ)で合宿をして、その後、欧州に乗り込み本番を迎える。このあたりの違いは、サウジアラビアが日本と違って地理的に欧州に近いということもあるのだろう。だが、それ以上に考えられるのが、アラブの人々が家族とのつながりを何より大切に考えるということだ。
5月上旬から母国を離れ、仮にW杯1次リーグの終わる6月23日まで、ドイツにいなければならないということになると家族と2カ月近く離れての生活を余儀なくされてしまい、選手にとって大変なストレスになる。
余談になるが、こういったメンタリティーが湾岸の選手が、あまり欧州リーグで働きたがらない大きな原因1つでもあると思う。ホームシックがピークになるころにW杯1次リーグ初戦(=チュニジア戦)を迎えては、ただでさえ苦しい試合が、余計、苦しくなってしまう。
挙国一致で国内リーグを早めに切り上げ、早々と欧州に乗り込み本番へ向けて、じっくりと腰を落ち着けて準備をするのかと思いきや、いったん帰国して英気を養うって…。普通の日本人なら「それなら早めに国内リーグを切り上げる必要があるのか?」となりそうだが、これがサウジアラビア流なのだろう。少しばかりお茶目な緑の軍団。
今月は29日に再び登場します。サラーマリコン(=平和とともに)
- 海島 健(うみしまけん/バーレーン大学講師)
- 1965年、東京生まれ。一橋大学社会学部卒、97年よりバーレーン在住。98年バーレーンでのガルフ杯のころからバーレーンの試合を見続けている。湾岸の弱小国の時代から追いかけているだけに、06年W杯ドイツ大会の最終予選の組み合わせ(日本とバーレーンが同組)には感慨ひとしおだった。現在はバーレーン大学で日本語の講師を務めており、蹴球倶楽部では中近東のサッカー情報を伝える。


