2006年06月30日
6・22から時が止まったまま:角澤照治
2006年6月22日。ドイツ・ドルトムント。1-4でブラジルに敗れ、ジーコ日本の4年間は終わりました。夢破れたスタジアムからの帰り道、ほろ酔いのブラジルサポーターたちが、我々テレビ朝日のスタッフ横をで大騒ぎしながら通り過ぎて行きました。
悔しい-。
悔しい-。
本当に悔しかった-。
これを読んでくださっている皆さんも、きっと日本で全く同じ気持ちだったと思います。
絶対に勝たなくてはいけないブラジル戦直前、スタッフと食事をとっていたところ、印象深い出来事がありました。同席していたセルジオ越後さんが突然、日本代表のユニホームをバッグから取り出したのです。もう10年以上、ご一緒させていただいていますが、セルジオさんがスタジアムでジャパンブルーを身にまとい、応援している姿を見るなんて、正真正銘、初めての光景でした。
セルジオさんと言えば辛口で有名です。実際、クロアチア戦の引き分けの後は、「厳しくなったね」とポツリひと言だけ。その夜、今後の日本サッカーのあるべき姿について、いろいろとお話を聞きました。私は正直「セルジオさんも、もうさすがにあきらめてしまっているんだな」と思いました。でも、誰よりあきらめていなかったのが、セルジオさんだったのかもしれません。
日本がブラジルに完敗した後、ピッチに大の字になる中田英寿選手を、私はずーっと見つめていました。この現実を目に焼き付けておかなくては、と感じたからです。
今回、サッカーって改めて、すごいスポーツだと思いました。「喜び」も「悲しみ」もすべて、ピッチの上に詰まっているんですね。思えば4年前。ジーコ監督初戦ジャマイカ戦の小野選手のゴールに始まり、W杯アジア予選、欧州遠征、アジア杯、コンフェデ杯、W杯。代表Aマッチは72試合を数え、多くの喜びに触れてきました。そして総決算のW杯で、無念の不完全燃焼。ホント当たり前のことを、ただただ考えながら、ブラジル戦の後、私はスタンド席から動けませんでした。
今回、選手が、サポーターが、関係者が、我々メディアが、6月22日に何を感じ、これからどう生かしていくか、月並みな意見で恐縮ですが、本当に大事なことですね。4年後に迫った南アフリカ大会、サッカーでもっともっと、みんなが「幸せ」を分け合えるために。私の中では6月22日で時が止まったままです。
- 角澤照治(かくざわてるじ/テレビ朝日アナウンサー)
- 1971年(昭46年)3月11日、東京都生まれ。聖光学院−慶大を経て93年、テレビ朝日入社。アナウンサーとしてスポーツ実況のほか「報道ステーション」「やべっちFC」などを担当。


