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ニッカン蹴球倶楽部コラム

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2006年07月 7日

「伝えられなかった-」に思う:池田奈月

 「伝えられなかった-」。中田英寿選手が公式サイトに掲載した引退メッセージを読んで胸が熱くなりました。世界は違えども「伝えること」を仕事とする自分の立場上一層、中田選手の無念さと、もどかしさを感じました。中田選手だからこそ分かる「世界で勝つことの難しさ」。その経験を伝えたい思いが強すぎて、逆に周囲を遠ざけてしまったのなら、こんなに辛いことはないでしょう。中田選手個人だけではなく、日本代表全体にとっても、あまりに不幸な出来事でした。

 直前合宿では人が変わったかのような気さくな笑顔を見せて、チーム練習に励む中田選手の姿がありました。同じボランチを組んだ福西選手は引退報道を受けたインタビューで「気持ちは伝わっていた」と語りました。それでも中田選手は「伝えること」に自信を持てませんでした。

 奇しくも同じく代表引退を発表したフランス代表MFジネディーヌ・ジダン選手がW杯で輝いています。中田選手の姿と照らし合わせてみた時、サッカーの神様が用意した「花道の違い」に思いを巡らせずにはいられませんでした。

 そもそも、フランス代表も、開幕前には多くの問題を抱えていましたよね。窮地に陥った代表チームを見かねて復帰したMFジダン選手も、5月のメキシコとのテストマッチでのデキはさんざん。FWアンリ選手でさえ「ジダン1人が来たからって、チームがすぐに良くなるわけじゃない」と話すほどでした。

 それでも大会が始まり、序盤は苦戦していたチームの空気を変えたのはジダン選手の存在でした。ブラジル戦でゴールを決めたアンリ選手が、アシストしたジダン選手と笑顔で抱き合う姿は印象的でした。「自分は合わせてゴールに入れるだけでよかった」。ジダン選手に感謝したストライカーは、次のポルトガル戦でも当然のようにジダン選手にPKを譲りました。ジダン選手の後方でチームを支え続けたMFビエラ選手は優勝に王手をかけ、「(ジダンは)今でもファンタスティックな選手。決勝が彼の最後の舞台となってうれしい」と、司令塔を思いやっています。フランスは戦いながら変わりました。

 そんなチームの変化には、ジダン選手自身の意識も大きく関わっていたのではないでしょうか。ジダン選手は初戦のスイス戦を前にして「僕はこの大会で引退するが、フランス代表にとっては、このワールドカップは終わりではなく始まりだ」と宣言しました。彼なりにチームに伝えておきたいものがあったのでしょう。試合中のプレーでアピールするのはもちろん、「仲間を信じている」と明言。若い世代との壁を壊し、試合運びの術を諭すように説く姿も見られました。30代の選手を多く抱えるフランス代表は「年寄り軍団」と揶揄されもしましたが、伝統をきっちり若手のリベリー選手ら次世代へ引き継いだように思えます。「伝えること」を自然な形でやってのけるジダン選手だからこそ、仲間と一体になれたのでしょう。

 ともにサッカーを愛し、何かを残そうとしたジダン選手と中田選手。残念ながら「ヒデのレベルに合わせるとみんな壊れちゃう-」(川淵キャプテン)の言葉が表すように、中田選手と仲間は「違う存在」だったのかもしれません。

 でも「伝えられなかった-」。本当にそうでしょうか? 答えは今後の日本代表の姿を見れば分かるはずです。ドイツで確認した「日本代表=過渡期」という現実。いつの日か中田選手の撒いた種が花開き、日本代表がフランスのごとく世界の舞台で戦えれば、それは「伝わっていた」ということでしょう。そんな日本代表の未来に夢を馳せながら、9日、ジダン選手最後の試合を見守りたいと思います。

池田奈月(いけだなつき/フリーアナウンサー)
 10月1日生まれ。聖心女子大学文学部卒業。学生時代、友人に誘われ国立競技場へ国際試合を観に行くなどしてサッカーへの興味が芽生える。卒業後は(株)ラジオ関西にアナウンサーとして勤務。在職時にはヴィッセル神戸の担当取材も。現在フリーアナウンサー。長居スタジアム、万博記念競技場、神戸ウィングスタジアムへ定期的に足を運ぶ。現在、『金村義明の健康でいてまえ!』(ラジオ大阪1314Khz、毎週土曜14:00?)『奈月のHARBOR CAFE』(ラジオ関西558Khz、毎週水、木曜9:00~13:00)、『ニュース on ステージ』(奈良テレビ、毎週土曜21:00~22:00)に出演中。

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