2006年05月31日
米国の挑戦---アメリカとW杯の不思議な関係

米国とサッカー…。何とも似合わない組み合わせだが、4大会連続出場の実力は侮れない。
5月24日のモロッコとの親善試合で0-1と敗れ、おまけに主将のMFクラウディオ・レイナ(32=マンチェスターC)が負傷するというアクシデントに見舞われたが、米国の入るE組でイタリアはサッカー賭博スキャンダルでW杯どころではない雰囲気になっている。この組はチェコだけが決勝トーナメント進出が有望と見られ、2番手にスキャンダルを抱えたイタリアということになるが、米国にもチャンスは十分にある。
サッカー不毛の地と言われている米国だが、94年W杯アメリカ大会後に発足したMLS(メジャーリーグサッカー)はプロリーグとしてそれなりに運営を続けている。ヒスパニック系移民が多い西海岸では観客動員に成功していて、ロサンゼルス・ギャラクシーは05年に1試合平均2万4204人の観客動員を誇る。もちろん米国のメジャースポーツであるアメリカンフットボール、バスケット、野球と比較するまでもないが、意外と健闘している。
また、ヒスパニック系移民だけでなく白人の間でもサッカーが新しいスポーツとして受け入れられ始めている。90年代に「サッカーママ」という言葉が流行語になったのは、白人の中流家庭で子供にサッカーをさせるのがトレンドになったからだ。MLSが米国のプロサッカーリーグとして存続してきた背景にはそのような事情もある。
だが、サッカーが決して米国でメジャースポーツになれないのは、米国生まれのスポーツではないという単純な理由があることも忘れてはならない。ヨーロッパや中南米で「フットボール」と言えばサッカーのことだが、米国ではアメリカンフットボールを指す。ヨーロッパの文化と歴史に永遠の憧れがありながら、それを拒絶する二律背反の中で米国は独自の文化を育んできた。米国では独自のインディカーシリーズが人気を博し、欧州をスタンダードとするF1GPが米国では断続的に開催されるしかなかった。2000年に再開された米国GPは実に9年ぶりの開催だったのだ。
野球の全米1位を決めるイベントが「ワールドシリーズ」と呼ばれる理由もそこにある。自分たちだけが世界であると思い込む、まるで子供のような唯我独尊イズムだが、米国はスポーツでもモンロー主義(※1)を貫いているとも言える。
自分たちだけが世界であり、世界の中心だという考えは、中国と朝鮮半島の中華思想、小中華思想と酷似しているが、米国はある時期モンロー主義に引きこもったかと思えば、ある時期対外開放・拡張に積極的になる両面を備えている。
今年になって不法移民に積極的な対策を採ろうとする米国政府に全米各地で大きな抗議デモが広がったが、移民政策の見直しと米国社会のサッカーの位置づけは微妙にシンクロしてくるはずだ。不法移民を排除するという強い意思が、サッカーの社会的地位を上げることでマイノリティー社会への緩衝材とするかもしれない。つまり、飴(あめ)と鞭(むち)なのだが、そうでもしないと、このままでは数十年後にはイスラム教徒の人口がキリスト教徒を上回ってしまうという調査結果も出されている。
もし、米国が1位でE組を突破すると、F組を2位通過した日本が決勝トーナメント初戦で当る可能性もある。日本がベスト8に進出する可能性も見えてくるし、米国が勝ち進めば、今回シード国となったメキシコとともに北中米がサッカーの強豪エリアとして認識され、これまで欧州と南米が牛耳ってきた世界のサッカーの政治地図が変化する可能性もある。
それでも、当の米国国民は何が起きたか分からないままキョトンとしているはずだ。実際に米国でサッカーがメジャースポーツになるには、サッカーの地政学が変化した後に、不法移民対策が落ち着いてからになるだろう。「サッカー? あれは女のスポーツだよ」と嘯(うそぶ)くスポーツファンがまだまだ米国に多いのだ。こんなことをあれこれ想像するのもW杯の快楽の1つである。
※第5代大統領ジェームズ・モンロー が1823年に発表。南北アメリカは将来ヨーロッパ諸国に植民地化されず、主権国家としてヨーロッパの干渉がないべきと宣言。欧州の干渉を許さず、ラテンアメリカ諸国はこの宣言の力で独立に成功したが、逆に米国への従属はすすんだ。孤立主義、不干渉主義を表す言葉としても使われる。
写真は米国代表MFドノバン
- 西村幸祐(にしむら・こうゆう)
- 1952年(昭和27年)東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科中退。在学中に第6次『三田文学』の編集を担当、80年代後半から主にスポーツをテーマに作家、ジャーナリストとしての活動を開始した。93年のW杯予選からサッカーの取材も開始。02年W杯日韓大会取材後は、拉致問題、歴史問題などスポーツ以外の分野にも活動を広げている。著書は「ホンダ・イン・ザ・レース」(93年・講談社)、「八咫烏(ヤタガラス)の軌跡」(02年・出版芸術社)など多数。新著は「反日の超克」(PHP研究所)。
ホームページアドレスはhttp://nishimura.trycomp.net


