2006年06月11日
審判問題はサッカーの永遠のテーマ
ベルギー人のランゲヌス主審は、決勝戦終了のホイッスルを吹いた直後、100人もの警官隊に守られてピッチからモンテビデオ港に直行。そのまま船で帰国の途についたという。
表彰式のセレモニーなど関係ない。まず、その場を離れなければ危険だった。1930年、ウルグアイで行われた第1回大会の話だ。
ウルグアイとアルゼンチンの決勝は両国の激しいライバル関係から、大荒れが予想された。スタンドに詰めかけた観客からは、多くの拳銃も発見された。ランゲヌス氏は、主審を引き受ける交換条件として、自分と線審の身の安全を保証させた。W杯で審判をすることは命懸けだったのだ。
さすがに今は命まで狙われることはないだろうが、国と国とが争う大舞台での審判の責任は重い。「どんな試合でも同じ。いつも通りですよ」と上川主審は笑っていたけれど、それでもプレッシャーは相当なものだと思う。まして、初日の2試合目。その後のジャッジの基準にもなる大事な試合だ。そこで、無難に仕事をこなした。日本のサッカー界にとっても朗報だ。
日本に限ったことではないけれど、審判の問題はサッカー界の永遠のテーマでもある。02年のW杯では顕著だったし、Jリーグでも毎年のように言われる。今年は、特にJ2など下部リーグの審判レベルが問題視されている。Jクラブが年々増え、Jリーグの試合数が増えるスピードに、審判のレベルがついていかないことも原因の1つだ。
日本サッカー協会には、約11万人の審判員が登録されている。日本の登録選手数は約80万人で、代表選手は23人だから、選手以上にW杯参加は厳しい。その頂点に立つ上川氏が「命懸けの舞台」で戦っている時、J2では相変わらず疑問の残るジャッジが繰り返されている。「代表の活躍が全体の競技レベルを上げる」と言われるが、それと同じことが日本の審判でもあってほしい。
- 荻島弘一(おぎしま・ひろかず)
- 84年入社。スポーツ部でサッカー、五輪などを担当した後、96年からスポーツ部デスク。98〜00年は日刊スポーツ出版社編集長。東京都出身。44歳。


