このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー

ホーム > 2006年ドイツW杯 > コラム > 荻島弘一


ここからページ本文

荻島弘一コラム

バックナンバー一覧

2006年06月22日

「素晴らしい選手」俊輔の“先輩”ラーションが証明

 イングランド戦でスウェーデンの同点ゴールを決めたのは、34歳のベテランFWラーションだった。終了間際にゴール前のこぼれ球に「跳び蹴り」。対イングランド無敗記録を伸ばすシュートは、右サイドネットに転がった。両手を広げて喜ぶチームの柱に、選手たちが次々と抱きついた。

 初めて知ったのは、94年のW杯だった。金髪のドレッドロックヘアをなびかせて疾走する22歳は、大会のアイドルだった。02年W杯でも活躍し、今回が3回目のW杯。髪形はフリットを意識したドレッドロックからマイケル・ジョーダンをまねた丸刈りに変わったが、誰からも好かれる人柄は変わらなかった。

 キャリアの大部分、7年間をスコットランドのセルティックで過ごした。決してビッグクラブではない。それでも、そこで成長し、欧州を代表するストライカーになった。イタリアやスペインなどの強豪からも誘われたが、なかなか移籍には応じず、32歳の04年になって初めてバルセロナという世界的クラブに移った。

 若いころはサッカーだけでは食べられず、果物工場で働いた。常に上を目指してステップアップし、チームを渡り歩いて成長する方法もある。しかし、彼は自分の仕事に専念できるクラブを見つけ、愛するサポーターに囲まれて、自分のプレーを磨いてきた。いつまでも謙虚で前向き。「2年間だけ」と決めたバルセロナを離れ、この秋からは「子供のために」故郷のヘルシンボリでプレーする。

 日本代表のMF中村は、ラーションを成長させたセルティックでプレーする。スペインなどからオファーもあったが、すでに来季の残留を決めた。選手として成長するためには、環境は重大な要素だ。ただ、それがビッグクラブである必要はない。サッカーはRマドリードやチェルシーだけではない。ビッグクラブでなくても素晴らしい選手になれることを、ラーションは証明した。次はブラジル戦で中村が証明する番だ。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)
 84年入社。スポーツ部でサッカー、五輪などを担当した後、96年からスポーツ部デスク。98〜00年は日刊スポーツ出版社編集長。東京都出身。44歳。

ここからサイドエリア

 

このページの先頭へ

ここからフッターエリア