このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー

ホーム > 2006年ドイツW杯 > コラム > 荻島弘一


ここからページ本文

荻島弘一コラム

バックナンバー一覧

2006年06月27日

初めて日本サッカーを認めた外国人監督

 02年6月18日、日本はトルコに敗れた。宮城スタジアムで試合を見た直後のジーコ氏は言った。「悲しいし、寂しい」。ホテルのロビーに響き渡るほど声を荒らげた。当時は日刊スポーツの評論家だった。取材した記者によれば、サンドラ夫人が慌ててなだめなければならないほど、怒りは尋常ではなかったという。

 「勝てた試合だっただけに、腹が立つ」と、監督と選手に言った。「1次リーグ突破で満足していなかったか」とサポーターやマスコミを批判した。2度目のW杯で決勝トーナメント進出。世間的には「よくやった」「頑張った」という声が圧倒的だった。もしかしたら、最も日本の敗戦を怒っていたのは、ジーコ氏だったかもしれない。

 あれから4年。今度はジーコ氏自身が監督としてW杯の敗戦を体験した。日本にとって大きかったのは、オーストラリア戦の逆転負け。采配面で、相手のヒディンク監督との差は明らかだった。ジーコ監督の力が足りなかったことも、W杯での敗因の1つだ。

 もちろん、マイナス面だけではなかった。一番うれしかったのは、外国人監督で、初めて日本のサッカーを認めてくれたこと。初の外国人監督だったオフト氏も、その後のファルカン氏もトルシエ氏も、言葉は悪いが日本を下に見ていた。トルシエ前監督は「選手を信用し過ぎた」とジーコ監督を評した。しかし、信用されることは成長過程で大切。学園ドラマで、教師が落ちこぼれ生徒を立ち直らせるのは、決まって「信用しているぞ」の言葉だ。

 指導者としていきなり日本にきた過去の代表監督と違って、ジーコ監督は長く日本サッカーに接し、見てきた。それだけに、愛情も深かった。4年間、その愛情をたっぷりと日本代表に注いでくれたことだけは、間違いない。「日本には世界を驚かせる力がある」と話したのは4年前のトルコ戦後。「神様」が信用した日本代表の力が、いつか花開く時が来るだろうか。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)
 84年入社。スポーツ部でサッカー、五輪などを担当した後、96年からスポーツ部デスク。98〜00年は日刊スポーツ出版社編集長。東京都出身。44歳。

ここからサイドエリア

 

このページの先頭へ

ここからフッターエリア