2006年07月 4日
鬼気迫るプレー、ピッチに大の字…やっぱりそうか
中田引退のニュースを聞いても、意外なほど驚きはなかった。逆に「やっぱりそうか」という感じ。ブラジル戦後、ピッチの大の字を見ながら、社内でも「このまま引退じゃないか」と話していた。何もピッチの真ん中で横にならなくてもとは思ったけれど、ロッカールームではダメだった。少しでも長く芝の感触を味わっていたかったからだ。
引退を決意していたからか、W杯の中田は鬼気迫るものがあった。多くの選手がスタミナ切れした。中田自身も試合終盤はバテバテだったが、必死で走り回る姿は感動的ですらあった。決して技術的にはスーパーではなかった。チームのバランスが崩れた原因の1つには、中田と周囲の連係の悪さもあった。それでも、中田のプレーからは日本代表としてW杯を戦う熱い気持ちが伝わってきた。
W杯出場を決めた直後に「今のままではW杯で勝ち抜けない」と言った。日本中が祝福ムードに浮かれ、前回(ベスト16)以上の成績が期待される中、冷静に世界と日本の実力差を口にした。「まだまだ成長しなければいけない」というチームメートへのメッセージだった。しかし、最後まで中田とほかの選手の温度差は埋まらなかった。熱い思いは伝わらなかった。
逆転負けしたオーストラリア戦後、中田の表情はほかの誰よりも厳しかった。敗退が決まったブラジル戦後も、引き揚げる仲間と離れて1人別の世界にいた。日本中が悲しみ、悔しがったが、一番その思いが強かったのが中田であることは、間違いない。強い思いがほかの選手に伝わらなかったのが残念でならない。
ベッカムが、ロナウジーニョが、失意のうちに大会を後にした。W杯にかけてきたものがいかに大きいかは、彼らの涙や態度を見れば分かる。別に負けた後に泣けばいいという、単純なものではない。しかし、日本の選手たちがイングランドやブラジルの選手よりもW杯へ強い気持ちを持っていたとは思えない。ただ1人、中田英を除いて。
- 荻島弘一(おぎしま・ひろかず)
- 84年入社。スポーツ部でサッカー、五輪などを担当した後、96年からスポーツ部デスク。98〜00年は日刊スポーツ出版社編集長。東京都出身。44歳。


