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沢登正朗コラム

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2006年06月13日

監督の差が出た!ジーコ采配後手後手

<1次リーグ:オーストラリア3-1日本>◇12日◇F組◇カイザースラウテルン

 結果的に、選手交代が効果的ではなかった。疑問が残った。ジーコ監督は、リードしている時はあまり動かないタイプだが、この日も遅かったと思う。FW柳沢に代えてMF小野を入れた場面は、もう1点欲しいならFWとFWを入れ替え、疲れている選手を代えたいならMFとMFの入れ替えにした方がよかった。1トップでは、前線から追い回すことが難しく、ますます守勢に回された。

 4日のマルタ戦でも似たような疑問を持った。終盤に4-2-3-1に変えた時だ。3バックを貫かないのも、攻撃的にしたいはずなのに1トップにしたのも不思議だった。今回は、逆転されてからDF茂庭をFW大黒に代えると、守備陣が落ち着かないうちに3失点目を喫した。

 残り10分までは無失点だったが、何度もチャンスをつくられ、シュートを打たれ、それがジャブのように効いて、最後はKOされてしまった。終盤は足が止まっていた。走って、球も人も動いてこそ、日本らしいサッカーになる。運動量なくして、体格のいい相手FWを挟み込んで封じるなどできない。前線にフレッシュな選手を、中盤の底にMF福西のようにDFラインをサポートするタイプの選手を入れてほしかった。

沢登正朗(さわのぼり・まさあき)
 1970年(昭45)1月12日、静岡県富士宮市生まれ。上野小1年でサッカーを始める。東海大一(現・東海大翔洋)に進み全国高校選手権では86年優勝、87年準優勝。東海大では1年からレギュラー。87年にユース代表入りし、88年のアジア選手権と92年バルセロナ五輪予選で主将を務める。92年に清水入団。Jリーグ開幕の93年新人王、99年ベストイレブン。日本代表入りは93年で、94年の米国W杯予選と広島アジア大会、00年アジア杯に出場した。国際Aマッチ16試合出場3得点。

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