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沢登正朗コラム

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2006年06月28日

「止めればヒーロー」精神的にGKが有利

<決勝トーナメント1回戦:ウクライナ0-0(PK3-0)スイス>◇26日◇ケルン

 PK戦は神経戦だ。キッカーはどれだけ迷いなく、自分が判断したコースに蹴れるかが問われる。「入って当たり前」の状態の上、W杯なら重圧も大きい。一方でGKは「入れられて当たり前。止めればヒーロー」と、精神的にはキッカーより有利だ。

 ウクライナGKショフコフスキーは、スイスの3人のキッカーにすべて違う対応をした。1人目に対しては全く動かない。2人目は軽く左右の体重移動で揺さぶる。3人目には、大きくフェイントをかけた。GKには相手の癖や傾向などデータがあったのだろう。動きを示すことで、キッカーの迷いを誘った。逆にスイスGKツーバービューラーは全く揺さぶりがなかった。

 僕は現役時代、ボールではなくGKを見て、その裏を突くようにPKを蹴るタイプだった。動きを見せないGKの方がやりにくかった。JリーグとW杯は違うが、普段PKを蹴っていない選手は、GKの動きに惑わされると思う。PKは技術以上に経験が重要だ。

 120分間の戦いではスイスの方が上で、PK戦では精神的余裕がウクライナに移った。決勝トーナメントでは、PK戦も見据えた選手交代が必要になる。(日刊スポーツ評論家)

沢登正朗(さわのぼり・まさあき)
 1970年(昭45)1月12日、静岡県富士宮市生まれ。上野小1年でサッカーを始める。東海大一(現・東海大翔洋)に進み全国高校選手権では86年優勝、87年準優勝。東海大では1年からレギュラー。87年にユース代表入りし、88年のアジア選手権と92年バルセロナ五輪予選で主将を務める。92年に清水入団。Jリーグ開幕の93年新人王、99年ベストイレブン。日本代表入りは93年で、94年の米国W杯予選と広島アジア大会、00年アジア杯に出場した。国際Aマッチ16試合出場3得点。

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