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セルジオ越後コラム

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2006年07月 4日

中田潔い決断…海外へ進出、功績・産業化

 W杯の時に「辞めるかもしれない」と言っていたが、冗談だと思っていた。自分の中では前から決めていたんだろうな。ブラジル戦後、芝生の上で大の字になっていた時間は、過去を振り返り、今後を考えていたのだろう。惜しい気がするが、サッカーだけが人生ではないと考えていた男の価値基準からすれば当然なんだろう。潔い決断だ。

 中田の功績は海外で成功し、後に続く者が出てきたこと、マスコミを巻き込みサッカーを大きな産業にしたことだ。自分の意思を明確に自分の言葉で表現し、大きな夢に向かって努力し、実現させたことは、今後に続く選手の手本となるに違いない。

 引退は「雇われるのは嫌だ」という意思表示なのだろう。以前、ニューヨークからビジネスで発信したいと話していた。第2の人生も明確なビジョンを持ち、後に続く者の手本になってほしい。期待して見守りたい。(日刊スポーツ評論家)

セルジオ越後(えちご)
 1945年(昭和20年)7月28日、ブラジル・サンパウロ市生まれ、日系2世。18歳でサンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。右ウイングとして活躍し、ブラジル代表候補にも選ばれる。1972年来日。藤和サッカー部(現:湘南ベルマーレ)ではゲームメーカーとして貢献。辛辣で辛口な内容とユニークな話しぶりにファンも多く、各地の講演活動も好評。

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