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皇帝直々クリンスマン監督に続投要請

ベルリン市内で行われたセレモニーで声援に応えるクリンスマン監督(AP)
ベルリン市内で行われたセレモニーで声援に応えるクリンスマン監督(AP)

<3位決定戦:ドイツ3-1ポルトガル>◇8日◇シュツットガルト

 指導者経験のないユルゲン・クリンスマン監督(41)が、ドイツを世界3位に導いた。ポルトガルとの3位決定戦で、同監督が積極的に起用してきたMFシュバインシュタイガーが3点に絡み、3-1の快勝。ホスト国としてのメンツを保った。興奮と感動を与えた青年監督の成功にベッケンバウアー組織委員会会長をはじめドイツ国民は続投を支持。08年欧州選手権、10年南アフリカW杯へ、ドイツは希望に満ちあふれている。

 両拳を握り締め、体が反り返るほど力強いガッツポーズだった。ポルトガルを3-1で破り、クリンスマン監督は2年分の喜びに浸った。「こんな結果になることは誰にも予想できなかった。2年間、選手たちと関係を築き、私も含めて全員が成長した。友情を築くこともできた」。クラブでも指導者経験のない41歳の挑戦が、世界3位で花開いた。

 04年欧州選手権後に就任すると、革新的なチームづくりに着手した。「私は伝統や慣習にこだわらない」。米国人トレーナーを招へいし、エアロビクスなどで「この2年でチームのフィジカルは劇的に変わった」とFWクローゼ。戦略分析にはスイス人を招いた。協会との対立もいとわなかった。

 決して順風だったわけではない。DFメルテザッカーら若手の積極起用は周囲に不安を抱かせ、3月にはイタリアに1-4と大敗。地元紙の世論調査ではクリンスマン体制に「大変満足」は5%だった。大会前まで正GKを決めずカーンとレーマンを併用したこと、引退後に居を構えた米ロサンゼルスからの通勤も批判の対象になった。

 だが、亡き父からの言葉を支えに、選手の可能性を信じた。「戦いには正直に、勝利には謙虚に、敗北には嫉妬(しっと)せず、信念は清らかに」。05年3月8日、胃がんで他界した父ジークフリートさん(享年71)にW杯での戦いを見せることはできなかったが、少年時代のサッカーノートに書き記してくれた言葉を実践した。

 一夜明けて、選手たちとともにベルリンのブランデンブルク門で凱旋(がいせん)イベントに参加。祝福する約50万人のファンの前で、去就問題には「2、3日後には決断する」と笑顔で前向きな姿勢をのぞかせた。試合後には皇帝ベッケンバウアー会長から「君のチームなんだ。続けるべきだ」と続投を訴えかけられた。チームの未来は確信している。次の目標へ、クリンスマン監督は自信を持って進み出そうとしている。【西尾雅治】

[2006年7月10日9時1分 紙面から]


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