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ピッチの外にも祭りがあった/ビバW杯

 W杯は、遠い世界の出来事だと感じていた。日本が開催地だった4年前ですら同じ思いを抱いていた。当時、仙台支社に赴任中で宮城スタジアムでも日本対トルコ戦を含め3試合が開催された。だが会場には足を運べずじまいで「これぞW杯」という瞬間には出会えなかった。

 あれから4年。ドイツに赴き、日本の1次リーグに始まり、決勝戦まで12試合を生観戦した。ピッチからはW杯の熱が発散されている。でも「これぞW杯」という瞬間は意外にもピッチ外に、転がっていた。

 日本対クロアチア戦後のニュルンベルクでは両親に会いに来た19歳の素顔のメッシがいた。「仕事はもう終わり」と恥ずかしながら頼んだ記念撮影で真横に並ぶと、163センチの記者とあまり変わらない大きさ。この小さな体で大男のDFをごぼう抜きにすると考えると痛快だった。

 フランクフルトのホテルでは名将ミルチノビッチ氏の仰天行動に出くわした。取材のため待機している日本報道陣の元に歩み寄り満面の笑みで「パソコンを貸してくれないか?」。そのままパソコンを貸し出すとメールをチェックし始めた。聞けば仲間と車の運転を交代しながら各会場を回っていたのだという。VIP級の移動ができそうなものだが「もう9500キロは走ったさ」と笑った。

 次の監督就任の可能性を聞くと「いつだってW杯には簡単に来られるじゃないか」。自分の指導力なら出場はたやすいとも、W杯は1人の観戦者としていつでも参加できるとも受け止められた。66歳のW杯請負人が口にした「マジック」なひと言が忘れられない。

 この1カ月でW杯は遠い世界の出来事ではないと考え直した。世界の祭典でもあるが、近所の祭りのようでもある。そこが人々を虜(とりこ)にして離さない最大の魅力なのだろう。【広重竜太郎】

[2006年7月11日8時46分 紙面から]


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