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俊輔「4年間の努力が報われた」

笑顔で日の丸デザインのTシャツを着る中村(撮影・蔦林史峰)
笑顔で日の丸デザインのTシャツを着る中村(撮影・蔦林史峰)

 日本代表MF中村俊輔(27=セルティック)が15日、亡き祖父に誓ったW杯メンバー入りを果たした。悪夢の日韓大会から4年、ついに23人に名前を連ねた。本大会で得意の左足FKからの得点を宣言した。ジーコ体制で4年間、背番号10を守り通した責任感から、チームを決勝トーナメント進出させることも決意した。日本で最もサッカーがうまいレフティーが、世界相手に華麗な技を披露する。

 笑みを浮かべた。中村は何度も視線を落とし真顔に戻そうとしたが、自然に口元が緩む。実績、実力で今回ばかりは落選するはずがない。それでも名前を呼ばれたのがうれしかった。「4年前がああいう結果だったので、素直にうれしいです。4年間の努力が報われたのかなと思う」。

 大好きなおじいちゃんとの約束を果たせたのがうれしかった。日本中の視線がW杯ピッチ上に注がれていた4年前。中村は1人、99年11月に亡くなった父方の祖父巳喜男(みきお)さん(享年84)の墓の前にいた。祖父との思い出で目頭が熱くなる。サッカーボールを買ってくれて、誰よりも熱心に自分を応援してくれた。「次は絶対にW杯に出るからね」。合わせた手をなかなか解けなかった。今回、帰国してからも真っ先に祖父の墓参りをした。

 約束を守るため、4年間サッカーに没頭した。レジーナ時代、監督の戦術とマッチせずに干された時期もあった。苦しんだ。「考え方1つで、今の僕はいなかったのかも」。差別的な言葉を浴びせられ、考え込み悩んだが、腐らなかった。落選の記憶、祖父への誓いがあったからだ。

 4年間、背番号10を死守したのは自慢の1つ。責任感もある。「マラドーナとか一番うまい人が10番をつける。その人がいないとチームが勝てないみたいな特別な人がつける番号。僕はまだその域には達してないけど、課題を見つけて次の4年間につなげたい。決勝トーナメントにいくのは難しいけど、それが目標です」。1次リーグ突破は、10を背負う以上、自分に課された使命と認識している。

 「95分間、ずっと獲物を捕らえるというか、ギラギラしたい。ブラジルに90分間攻めさせたとしてもFK1発で勝つこともある」。ロスタイムまで視野に入れて常に得点チャンスを狙っていく。引いて守るW杯にはしたくない。「それなら課題も見つからないから」。初めてのW杯。気負う必要はない。おじいちゃんがドイツの空から見守ってくれるはずだ。だから4年間、欧州で頑張ってきた。恥ずかしい試合だけは見せられない。【盧載鎭】

[2006年5月16日8時51分 紙面から]


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