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まさかの落選、久保涙「またか」

目に涙をため会見する久保
目に涙をため会見する久保

 潤んだ瞳が虚空を見詰めた。横浜FW久保がW杯出場メンバーから漏れた。ジーコジャパン最多の11得点を挙げ、本大会でも主力と期待されていただけに、落胆は大きかった。横浜のクラブで気丈に臨んだ会見。「そりゃもう、残念です」と、ぼそっと言った。

 落選の知らせは、新幹線の移動中に最愛の人から聞かされた。「嫁からの電話で知りました。今回はいいチャンスだった。つかめそうだったけど、それはしょうがないから」。ぶっきらぼうな男が、自分を納得させるように多弁になった。

 2度目の経験。「また落ちたかって感じ」と言った。トルシエ監督に才能を評価され、02年W杯日韓大会メンバー入りもうわさされた。だがFW中山選出の余波で落選。気持ちを立て直し、ジーコジャパンでは04年の欧州遠征で連続得点した。だが今度は椎間板(ついかんばん)ヘルニアというサプライズに襲われた。ブランクは1年以上にもおよんだ。

 横浜GK下川は「W杯出場だけを心の支えに、あいつは頑張ってきた」と明かす。1月の合宿中、ジーコ監督に「W杯に出たいか」と聞かれ「ぜひ出たい」と答えた。ケガも乗り越え、ようやく目の前にした夢舞台。肉体の違和感に過敏になるのも、無理はなかった。9日のキリン杯ブルガリア戦は、両足首の痛みを訴え欠場した。ジーコ監督は言葉では「プロらしい決断」と本人の意向を尊重したが、結果的にはマイナスだった。13日の同スコットランド戦では先発も無得点。久保は「不安があり、100%でやれる状態じゃなかった。ジーコ監督の判断も仕方ない」と唇をかんだ。

 ドイツ行きの可能性が消えたわけではない。けが人が出れば、6月12日のオーストラリア戦の24時間前まで登録変更は可能だ。だが「前回大会より(選ばれるだろうという思いは)強かったから」と落胆の色は濃い。「ナビスコ杯(17、21日)で頑張るだけ。一緒にやってきた仲間だから、頑張ってほしい」と、静かにエールを送った。【塩畑大輔】

[2006年5月16日8時46分 紙面から]


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