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ジーコ監督悲痛、臓器移植彩花ちゃん急死

国内最終合宿地に入ったジーコ監督はファンの歓迎を受ける(撮影・宇治久裕)
国内最終合宿地に入ったジーコ監督はファンの歓迎を受ける(撮影・宇治久裕)

 サッカー日本代表のジーコ監督(53)が、悲しみを乗り越えてW杯への再スタートを切った。福島合宿初日の17日、米国で臓器の移植手術を受けた神達彩花(かんだつ・あやか)ちゃん(1)の突然の訃報(ふほう)がもたらされた。家族がJ1鹿島のサポーターだったことが縁で、ホームページで募金の協力を呼び掛けた同監督も「本当に残念で悲しい」と深いショックを受けた。天国へ旅立った幼い命を胸に刻み、今日18日から本大会へ向けた練習を開始する。

 笑顔をつくれなかった。Jヴィレッジで待っていた約500人のファンの歓声にも、ジーコ監督の硬い表情が崩れることはなかった。W杯へ向けた合宿初日にもたらされた悲報に言葉を失った。無言のまま足早に宿舎へと姿を消した。「本当に残念で悲しいことです」。合宿入りから3時間後、広報を通じてコメントを発表した。

 日本時間の17日未明、彩花ちゃんは米マイアミの病院で息を引き取った。昨年12月に5臓器同時移植手術を受けた。奇跡的に回復し、年明けに退院した。ジーコ監督も「順調に回復している」と聞いていた。それが、13日夜に容体が急変した。移植手術から5カ月で帰らぬ人となった。感染による敗血症だった。

 昨年11月にジーコ監督は重病の彩花ちゃんを知った。父良司さん(35)が、かつて所属した鹿島の応援リーダーだったことが縁だった。法律上、国内では移植が受けられない。しかし、渡米して手術を受けるためには、1億円を超える莫大(ばくだい)な費用がかかる。現役時代から熱い声援を送ってくれた大切な「ファミリー」の苦境に黙ってはいられなかった。

 支援団体「あやかちゃんを救う会」が活動していた。鹿島サポーターも本格的な支援活動を開始。その輪にジーコ監督が加わった。自らのホームページで、サポーターに募金の協力を呼び掛けた。製作担当者に「彩花ちゃんのメッセージをトップページにしてくれ」と依頼。支援の輪は全国のサッカー関係者、ファンに広がった。小笠原や柳沢ら代表メンバーの多くがさまざまな形で彩花ちゃんの救済活動に協力した。11月初旬に3000万円だった募金は、2週間で目標額の1億3000万円を突破した。

 昨年12月、手術は無事成功した。彩花ちゃんは奇跡的に回復した。体重は8キロまで増えた。座れるまでになった。必死に生きようとする小さな命は、いつしかサッカー界の希望の光になった。ジーコ監督も鹿島関係者とともに、彩花ちゃんの帰国と体力回復を待って、カシマスタジアムでの試合に招待するプランも温めていた。

 手術から5カ月、彩花ちゃんは夢を見ることも知らずに、わずか1年4カ月の生涯を閉じた。悲しく、残酷な現実。しかし、W杯を目前にして、ジーコ監督はこうコメントを続けた。「全員ができることを最大限にやった。とても残念ですが、みんなの気持ちは彩花ちゃんに届いたと思う」。今日18日からW杯へ向けた練習が始まる。希望の光を胸に秘め、悲しみを闘志に変えて、ジーコジャパンが世界の舞台に臨む。【山下健二郎】

[2006年5月18日9時26分 紙面から]


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