このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー

ホーム > 2006年ドイツW杯 > チーム紹介 > 米国


ここからページ本文

米国

北中米カリブ海地区

5大会連続8度目

監督
アリーナ
米国代表メンバー
位置 No. 名前
GK ハワード
18 ケラー
19 ハーネマン
DF オルブライト
ボカネグラ
マストロエニ
チェルンドロ
ルイス
12 バーハルター
13 コンラド
22 オニェウ
23 ポープ
MF オブライエン
デンプシー
10 レイナ
14 オルセン
15 コンベイ
17 ビーズリー
21 ドノバン
FW ジョンソン
11 チン
16 ウォルフ
20 マクブライド
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
2次 2004/06/13 3○0 グレナダ
2004/06/20 3○2 グレナダ
準決勝1組 2004/08/18 1△1 ジャマイカ
2004/09/04 2○0 エルサルバドル
2004/09/08 1△1 パナマ
2004/10/09 2○0 エルサルバドル
2004/10/13 6○0 パナマ
2004/11/17 1△1 ジャマイカ
最終 2005/02/09 2○1 トリニダード・トバゴ
2005/03/27 1●2 メキシコ
2005/03/30 2○0 グアテマラ
2005/06/04 3○0 コスタリカ
2005/06/08 3○0 パナマ
2005/08/17 1○0 トリニダード・トバゴ
2005/09/03 2○0 メキシコ
2005/09/07 0△0 グアテマラ
2005/10/08 0●3 コスタリカ
2005/10/12 2○0 パナマ

 北中米カリブ海予選を危なげなく通過した。9月3日の最終予選第7戦でメキシコ相手に2−0で勝ち、同地区のW杯一番乗り。最終的にもメキシコを抑えての1位通過だった。就任8年目のアリーナ監督は、10月の残り2戦に若手をテストする余裕も見せた。

 1次予選からの18試合で失点は11。爆発的な攻撃力こそないが、GKケラーを中心にした堅守は健在だ。最終予選では6試合連続完封をマークするなど、持ち前のプレッシングサッカーに磨きがかかった。

 攻撃陣には若手も台頭してきた。97年に米国協会とスポーツ用品メーカーがタイアップして始めたプログラムからMFドノバン、03年ワールドユース得点王のジョンソンらが中心選手に成長。2人はチーム最多タイの7得点とチームをけん引した。5大会連続8度目のW杯では、前回の8強を上回る成績が期待されている。

「不毛の地」と「黄金時代」

 アメフト、野球、バスケット、アイスホッケーの「4大スポーツ」に押されるためサッカーの存在感は薄く、長く「不毛の地」と言われてきた。68年にはプロリーグがスタートし、ペレ、ベッケンバウアー、クライフら名だたるスターを招いたが、高額な契約金が財政を圧迫し84年に消滅。現在は94年の自国開催W杯後に発足したMLSを運営しているが、人気は芳しくない。リーグ戦の間に選手が代表に招集されても、クレームは上がらないという。代表にとっては好都合? な状況で安定した強化を図れ、W杯常連国に。前回大会で8強入りし、30年の第1回ウルグアイ大会に次ぐ成績を残した。「黄金時代」の到来でFIFAランクも最高の4位(4月)をマーク。米国スポーツ工業組合の調べでは、競技人口は約1800万人で第4位と意外に高い。約20年前と比較して約15%のアップで、人気爆発の土台はある。

長期政権

 54歳のアリーナ監督は98年10月に就任。在任8年目は今W杯出場国で最長だ。監督業を始めたのは25歳のバージニア大監督と、大半が指導者人生になる。

エース

 00年五輪、02年W杯に出場したMFドノバンは通算78試合で25得点23アシストの成績を残している。チームの支柱的な存在だ。

名将の遺産

 90年代に指揮を執った「W杯請負人」ミルチノビッチ氏が指導したプレッシング戦術が脈々と受け継がれている。今最終予選では6戦連続完封と安定した守備を誇った。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第1回ウルグアイ大会(1930年)
出場回数
8回
W杯最高位
ベスト4(1930年)
基本情報
正式名
アメリカ合衆国(United States of America)
首都
ワシントン
面積
962・9万平方キロ
人口
2億9363・3万人
1人当たりの国民所得
35400ドル

ここからサイドエリア

 

このページの先頭へ

ここからフッターエリア