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アンゴラ

アフリカ地区

初出場

監督
オリベイラ・ゴンサウベス
アンゴラ代表メンバー
位置 No. 名前
GK ジョアン・リカルド
12 ラマ
22 マリオ
DF マルコアイロザ
ジャンバ
レボレボ
カリ
15 ルイマルケス
20 ロコ
21 デルガド
23 マルコアベレウ
MF ミロイ
F・アントニオ
アンドレ
11 マテウス
13 エドソン
14 メンドンサ
17 ゼ・カランガ
FW マントラス
10 アクワ
16 フラビオ
18 ラブ
19 ブエンゴ
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
1次 2003/10/12 1●3 チャド
2003/11/16 2○0 チャド
2次4組 2004/06/05 0△0 アルジェリア
2004/06/20 1○0 ナイジェリア
2004/07/03 2△2 ガボン
2004/09/05 1○0 ルワンダ
2004/10/10 1○0 ジンバブエ
2005/03/27 0●2 ジンバブエ
2005/06/05 2○1 アルジェリア
2005/06/18 1△1 ナイジェリア
2005/09/04 3○0 ガボン
2005/10/08 1○0 ルワンダ

 本大会出場の原動力となったのが、GKジョアン・リカルドのセービングだ。チャドと対戦したホームアンドアウエー方式の1次予選で、正GKだったマリト(当時26歳)が初戦でいきなり3失点を喫した。不安定なプレーが酷評された。第2戦は完封しアウエーゴールの差で辛くも突破したが、一時はW杯の灯が消えかけていた。

 このマリトが事実上「更迭」され、最終予選から登場したのがベテランのジョアン・リカルド(36)だった。最大のライバルであるナイジェリアを完封するなど、強豪のそろった最終予選10試合で6失点。防御率0・60という抜群の成績でチームを本大会に導いた。

 攻撃陣は、同じくナイジェリア戦で決勝ゴールを決めたFWアクワが最多の5得点。フラビオとともにFWの軸として活躍した。現状では代表にフィットしていないFWマントラスが絡んでくれば、さらに層が厚くなる。

D組・初出場

 世界的に無名の選手が多いが、エースのFWアクワは大会を驚かせる可能性を秘めている。アフリカ予選は、8試合5ゴールでチームの得点王。中でもW杯初出場を決めた1発は、アンゴラにとっての歴史的ゴールといえる。勝てばW杯切符をつかめる最後のルワンダ戦。0−0の後半35分、頭で決勝点を挙げた。引き分けではナイジェリアに出場権を奪われるところだったが、このゴールでチームを救った。
 アクワは先月、「予選を突破し、選手人生のピークに達したと感じた」とし、W杯後の代表引退を表明した。同国の05年最優秀スポーツマンに選ばれるなど国民的ヒーローだが、代表合流のプレッシャーは大きく、代表を退く一因だったという。果たして、最初で最後のW杯で、結果を残せるか。主将としてチームを束ねる精神的支柱でもある。アクワの活躍なくして、アンゴラの躍進はない。

ゴンサウベス監督

 外国人指導者への依存から脱却し、アンゴラ人監督の手腕によりW杯初出場を成し遂げた。01年ワールドユースではU−20(20歳以下)代表監督を務め、日本を破るなど16強入りを果たしている。

内戦

 02年4月まで約27年も内戦が続いた。この影響で親兄弟、親せきなどを亡くしながらもサッカーを続けてきた選手たちが多い。プロ選手は特例として戦争には加わらなかったが、危険と背中合わせでボールを追っていた。

ポルトガル

 75年11月に、ポルトガルから独立した。その影響は強く残っており、FWマントラスらは、ポルトガルリーグでプレーする。偶然にも、W杯では1次リーグで対戦することになった。

最下位脱出

 最新のFIFAランクは58位。先月、59位のトーゴを1つ上回り、W杯出場国での最下位から脱した。ランクが戦力を示すとは限らないが、苦戦は必至だ。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第18回ドイツ大会(2006年)
出場回数
初出場
W杯最高位
初出場
基本情報
正式名
アンゴラ共和国(Republic of Angola)
首都
ルアンダ
面積
124・7万平方キロ
人口
1329・4万人(2004年)
1人当たりの国民所得
710ドル(2002年)

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