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クロアチア

欧州地区

3大会連続3度目

監督
ズラトコ・クラニチャール
クロアチア代表メンバー
位置 No. 名前
GK プレティコサ
12 ディドゥリツァ
23 ブティナ
DF シムニッチ
R・コバチ
トゥドル
シミッチ
11 トキッチ
13 トマシュ
MF スルナ
ブラニェス
バビッチ
10 N・コバチ
14 モドリッチ
15 I・レコ
16 J・レコ
19 クラニチャール
20 シェリッチ
FW プルショ
17 クラスニッチ
18 オリッチ
21 バラバン
22 ボスニャク
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
8組 2004/09/04 3○0 ハンガリー
2004/09/08 1○0 スウェーデン
2004/10/09 2△2 ブルガリア
2005/03/26 4○0 アイスランド
2005/03/30 3○0 マルタ
2005/06/04 3○1 ブルガリア
2005/09/03 3○1 アイスランド
2005/09/07 1△1 マルタ
2005/10/08 1○0 スウェーデン
2005/10/12 0△0 ハンガリー

 クロアチアが家族の絆(きずな)でスウェーデン、ブルガリアなどがひしめく激戦区を勝ち抜いた。父ズラトコ監督、息子ニコのクラニチャール父子。昨年の欧州選手権1次リーグ敗退後、再建を託されたズラトコ監督は代表未経験だった息子のニコを司令塔に据えた。当初は「親のえこひいき」という声が周囲から噴出。だが、後半戦の大一番、6月4日のアウエー・ブルガリア戦ではダメ押し弾を奪うなど、今予選9試合2得点で期待に応えた。

 兄ニコ、弟ロベルトのコバチ兄弟にとっては02年に続き2度目のW杯を勝ち取った。兄がボランチ、弟がセンターバックと感覚が通い合った強力なセンターラインで今予選の同時出場時は8試合で4失点と安定感抜群。ドイツへの特別な思いも原動力となった。ベルリンに生まれ育ち、ドイツ国籍を選択することもできた。だが迷わず母国を選択。「ドイツでのW杯はパーティーのようなもの」とニコ。強い絆でW杯に挑む。

親子鷹(だか)

 司令塔ニコ・クラニチャール(21)とズラトコ・クラニチャール監督は実の親子。父は名門ディナモ・ザグレブで活躍したFWで英雄的な存在。息子も同クラブ下部組織でプレー、18歳で主将を務めた。04年の欧州選手権後、父が代表監督に就任すると息子を初招集。以来、世代交代の象徴として軸になり、W杯予選を勝ち抜く原動力になった。
 特別な関係は批判の対象にもなったが、ニコは「ほかの選手の倍以上のものを求められる」と結果を出すことで雑音を消してきた。監督も3月1日のアルゼンチン戦でニコのライバルMFモドリッチを初招集で先発させ、息子との共存をテスト。「新風を吹き込んだ」と絶賛した。

堅守速攻

 W杯予選は7勝3分けの無敗で、21得点5失点と安定感抜群だった。基本システムは3−5−2で全体の守備意識が高く、素早い速攻が持ち味。鍵を握るのが両ウイングバックで、左バビッチ、右スルナの鋭く力強い攻撃参加は相手の脅威になる。

準地元

 DFロベルト、守備的MFニコのコバチ兄弟はドイツ生まれのドイツ育ち。出身地ベルリンでの決勝進出を目指す。ニコはドイツ代表入りも打診されたが「祖国はクロアチア」として拒否した。代表クラスでは10人がドイツでプレー。

98年の再現

 旧ユーゴスラビアから独立後、初出場したフランス大会で3位に躍進。プロシネツキ、ボバンら才能あふれるタレントをそろえ、エースFWスーケルは得点王に輝いた。1次リーグ第2戦はスーケルの決勝弾で1−0で日本に勝利。今回も日本とは同じ2戦目で対戦する。

ネクタイ発祥

 17世紀、ナポレオン軍に参加したクロアチア兵が巻いていた幅広スカーフが起源とされる。フランス語でネクタイのことを「クロアチア」がなまって「クラバット」という。紳士の必須アイテムのように、サッカーでも世界制覇を狙う。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第16回フランス大会(1998年)
出場回数
3回目
W杯最高位
3位(1998年)
基本情報
正式名
クロアチア共和国(Republic of Croatia)
首都
ザグレブ
面積
5・7万平方キロ
人口
443・3万人(2004年)
1人当たりの国民所得
4540ドル(2002年)

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