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オランダ

欧州地区

2大会ぶり8度目

監督
マルコ・ファンバステン
オランダ代表メンバー
位置 No. 名前
GK ファンデルサール
22 ティメル
23 ステケレンブルフ
DF ヤリーンス
ブーラルーズ
マタイセン
ファンブロンクホルスト
12 クロンカンプ
13 オーイエル
14 ハイティンガ
15 デクレール
MF ランザード
コク
10 ファンデルファールト
16 マドゥーロ
18 ファンボメル
20 スナイデル
FW カイト
ファンニステルローイ
11 ロッベン
17 ファンペルシー
19 VOヘッセリンク
21 バベル
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
1組 2004/09/08 2○0 チェコ
2004/10/09 2△2 マケドニア
2004/10/13 3○1 フィンランド
2004/11/17 3○0 アンドラ
2005/03/26 2○0 ルーマニア
2005/03/30 2○0 アルメニア
2005/06/04 2○0 ルーマニア
2005/06/08 4○0 フィンランド
2005/09/03 1○0 アルメニア
2005/09/07 4○0 アンドラ
2005/10/08 2○0 チェコ
2005/10/12 0△0 マケドニア

 ファンバステン監督は2004年7月の就任当初から攻撃サッカーを前面に押し出してきた。オランダの「鉄の掟(おきて)」とされる伝統の3トップ。今やナショナルシステムと言っても差し支えない4−3−3の布陣で戦ってきた。中盤が手薄になるリスクは負うが、前線のスペースに自在に攻撃ルートを切り開ける形を重視している。

 攻撃陣に豊富なタレントをそろえる中、センターフォワード(CF)には主にファンニステルローイ1人を固定。昨季オランダリーグ得点王のカイトにはCFでの起用が難しいことを告げ、右ウイングとして起用した。選手の能力、適性を見抜き、競争心を刺激しながらの采配で予選12試合で27得点と高い得点能力を示してきた。

 国内組重視も特徴で、予選で起用した全31選手のうち、18人が国内リーグ所属だった。前任者のアドフォカート氏が2004年欧州選手権で23人中、国内組を6人しか起用しなかったのとは対照的な選手選考を貫いている。

優勝が遠い

 第2回の34年イタリア大会から8度目出場の強豪だ。クライフらを擁した70年代には、革新的なトータルフットボールで世界を席巻。74年大会決勝では、西ドイツに試合開始からボールタッチを許さないままPKで先制するなど強さを見せつけた。だが逆転で優勝を逃すと、78年大会も準優勝止まりだった。90年大会も世界一のチャンス。ACミラン黄金期のファンバステン、フリット、ライカールトのトリオに、欧州を代表するリベロのクーマン。88年には欧州選手権を制していたが、決勝トーナメント初戦で西ドイツに敗戦。「大会最高のチーム」と称された98年大会も4強。前回02年大会はついに予選敗退と、W杯のタイトルからは見放され続けている。

名選手にして名監督

 現役時代に欧州最優秀選手3度のファンバステン監督だが、指導者歴はアヤックスユース監督のみ。それでもロッベン、マドゥロら若手にランザートら国内組を積極的に登用してチーム強化に成功。もちろん「伝統の3トップ」で、強豪チェコ、ルーマニアと同居の欧州予選1組を10勝2分けで首位通過した。

オレンジ軍団

 ユニホームの色から異名を得た。16世紀にスペインとの独立戦争の指揮を執ったオランダの歴史的英雄オラニエ公(英語読みでオレンジ公)ウィレムの家紋の色に由来している。

空飛ぶオランダ人

 英雄クライフは、ボールのあるところに必ずいる神出鬼没のプレーから「フライングダッチマン」と呼ばれた。選手として欧州最優秀選手3度。監督としてもバルセロナで攻撃サッカーの伝統をつくった。

飛べないオランダ人

 ベルカンプは90年代にエースとして前線に君臨。だが飛行機嫌いで遠征拒否することも。「アンフライングダッチマン」と言われた。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第2回イタリア大会(1934年)
出場回数
8回
W杯最高位
準優勝(1974、1978年)
基本情報
正式名
オランダ王国(Kingdom of the Netherlands)
首都
アムステルダム
面積
4・2万平方キロ
人口
1628・6万人(2004年)
1人当たりの国民所得
23390ドル(2002年)

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