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ポルトガル

欧州地区

2大会連続4度目

監督
ルイス・フェリペ
ポルトガル代表メンバー
位置 No. 名前
GK リカルド
12 キム
22 バーレ
DF フェレイラ
カネイラ
コスタ
メイラ
13 モンテイロ
14 ヌノバレンテ
16 カルバーリョ
MF コスティーニャ
ペティト
10 ビアナ
18 マニシェ
19 ティアゴ
20 デコ
FW フィーゴ
パウレタ
11 シモン
15 ボアモルテ
17 C・ロナウド
21 ヌノゴメス
23 ポスティガ
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
3組 2004/09/04 2○0 ラトビア
2004/09/08 4○0 エストニア
2004/10/09 2△2 リヒテンシュタイン
2004/10/13 7○1 ロシア
2004/11/17 5○0 ルクセンブルク
2005/03/30 1△1 スロバキア
2005/06/04 2○0 スロバキア
2005/06/08 1○0 エストニア
2005/09/03 6○0 ルクセンブルク
2005/09/07 0△0 ロシア
2005/10/08 2○1 リヒテンシュタイン
2005/10/12 3○0 ラトビア

 12戦して9勝3分けと、欧州予選3組で圧倒的な力を見せた。昨年10月13日に最大のライバルと目されたロシアに7−1と圧勝し、一気に流れに乗った。MFデコが的確なパスでチャンスをつくり、クリスティアーノ・ロナウドが抜群のドリブルテクニックで突破。そしてFWパウレタが11得点を挙げ、通算42得点で代表の歴代得点記録を更新した。

 だが最大のポイントは、MFフィーゴの約1年ぶりの代表復帰だ。昨年の欧州選手権の決勝を最後に「クラブ(Rマドリード)に専念したい」と代表を引退。だが、そのクラブで先発から外されることが多くなり、自分が輝く舞台を再び代表に求めた。今年6月4日のスロバキア戦に中盤の右で先発。持ち味のドリブルと熟練のキープ力で攻撃の起点になった。フィーゴが加わったチームは安定感を増し、最終戦を待たずに1位通過を決めた。

フェリポン

 フェリペ監督は02年11月に就任すると、それまでゴールデンエージに頼り切りだったチームを一新した。国内の反対を押し切って、ブラジル生まれのデコに国籍を取得させ、代表に加えた。またルイコスタら功労者を容赦なく切り捨て、クリスティアーノ・ロナウドら若手を積極起用した。04年には、地元開催の欧州選手権で準優勝に導いた。
 J磐田で監督を務め、02年W杯日韓大会ではブラジル代表を率いて優勝した。その手腕が評価され、次期イングランド代表監督として要請を受けたが断った。ニックネームは尊敬を込めて「フェリポン(偉大なフェリペの意)」と呼ばれている。

名門の柱

 司令塔のデコはバルセロナ、左サイドのクリスティアーノ・ロナウドはマンチェスターU、右サイドのフィーゴはバルセロナ、Rマドリードを経てインテルでプレー。攻撃陣が欧州を代表するクラブで主軸として活躍している。W杯予選では欧州最多の35得点を記録した。

復帰決断

 04年の欧州選手権限りで「クラブに専念したい」と、代表引退を表明したフィーゴが、翌年6月のW杯予選スロバキア戦で復帰した。勝ち点で並ぶ首位攻防戦で、主将として2−0勝利を演出し、W杯出場をぐっと引き寄せた。

モウリーニョ監督

 現チェルシー監督で、ポルトガルが生んだ史上最高の監督といわれる。現代表のレギュラー中、DFリカルド・カルバーリョら5人は、同監督が指揮したFCポルトで04年欧州CL優勝メンバー。

黒ヒョウ超え

 過去のW杯最高成績は、66年W杯イングランド大会の3位。モザンビークの黒ヒョウと呼ばれたエウゼビオが得点王となった。タレントのそろう現代表は、当時の成績を超える活躍が期待されている。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第8回イングランド大会(1966年)
出場回数
4回
W杯最高位
3位(1966年)
基本情報
正式名
ポルトガル共和国(Portuguese Republic)
首都
リスボン
面積
9・2万平方キロ
人口
1046・6万人(2004年)
1人当たりの国民所得
10720ドル(2002年)

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