このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー

ホーム > 2006年ドイツW杯 > チーム紹介 > サウジアラビア


ここからページ本文

サウジアラビア

アジア地区

4大会連続4度目

監督
マルコス・パケタ
サウジアラビア代表メンバー
位置 No. 名前
GK アルデアイエ
21 ザイド
22 コジャー
DF ドキ
トゥカル
アルモンタシャリ
アルカディ
12 アルハスラン
13 スリマニ
15 アルバハリ
MF アルガムディ
アミン
ノール
10 アルシュルフーブ
14 アルハリリ
16 アジズ
18 アルテミヤト
19 マサド
FW アルジャバー
11 アルハルシ
17 アルアンバル
20 アルカフタニ
23 ムアト
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
1次8組 2004/02/18 3○0 インドネシア
2004/03/31 1○0 スリランカ
2004/06/09 3○0 トルクメニスタン
2004/09/08 1○0 トルクメニスタン
2004/10/12 3○1 インドネシア
2004/11/17 3○0 スリランカ
最終A組 2005/02/05 1△1 ウズベキスタン
2005/03/25 2○0 韓国
2005/03/30 0△0 クウェート
2005/06/03 3○0 クウェート
2005/06/08 3○0 ウズベキスタン
2005/08/17 1○0 韓国

 2004年、サウジアラビアのW杯本大会出場は、誰がみても難しいものに思われた。7月には5大会連続で決勝に進出していたアジア杯で、1分け2敗とまさかの1次リーグ敗退。ファンデルレン監督を解任し、アルジョハル監督を招くも長続きしない。11月にはカルデロン監督が就任。しかし12月のペルシャ湾岸王者を決めるガルフ杯でも、1次リーグで敗退してしまった。

 W杯は目下3大会連続出場中。アジアを勝ち抜くのは当然の状況で、モチベーションを失いチームは沈滞していた。どん底の中東の雄を救ったのは、カルデロン監督の抜本的なチーム改革だった。2005年に入ると、DFアルモンタシャリ、FWアルカフタニといった20代前半の若手をチームの中心に据えた。活気を取り戻したチームは、最終予選の6戦をわずか1失点で乗り切った。新生サウジアラビアが、意気高くドイツに乗り込む。

あるある探検隊?

 緊急代表復帰後、アジア最終予選5試合で3得点を挙げた33歳のベテランFWアルジャバー。05年アジア最優秀選手のDFアルモンタシャリ。予選チーム得点王のFWアルカフタニ…。最終予選に出場した選手だけでも「アル○○○」という名前は実に36人を数えた。アラビア語のアル(Al)とは、英語でいえば定冠詞「The」に当たる。ゆえに05年世界クラブ選手権に出場したアルイティハド(サウジアラビア)アルアハリ(エジプト)など、アラブ圏のクラブチームの名前も「アル○○○」がほとんど。ちなみにサウジアラビアでは、ファハド、ムハマド、アブドルアジズなど、同じ名前を使うことが多い。そのため父親や祖父などの名前を並べていき、最後に「アル+家族名」を加えてフルネームとすることで区別をつけている。

指揮官コロコロ

 アジア予選が始まってから、現在のパケタ監督は5人目の指揮官。予選突破で手腕が評価されていたカルデロン監督も、昨年12月9日の本大会抽選会に出席した1週間後に謎の退任。この12年で監督は17人と、短期政権は伝統に。

世界屈指の堅守

 アジア予選は10勝2分け。無敗で危なげなく突破した。特に目立ったのは守備。全12戦で失点はわずか2。DFアルモンタシャリの堅守もさることながら、中盤での激しいプレスが相手攻撃陣に自由を許さない。

クラブも強豪

 アルイティハドは現在アジアCL2連覇中。国内リーグ10度優勝のアルヒラルも、アジア屈指の強豪として有名。

伝説のゴール

 94年大会のベルギー戦で、FWオワイランが60メートルのドリブルからシュートを決めた。今でも語り草となっている。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第15回アメリカ大会(1994年)
出場回数
4回
W杯最高位
ベスト16(1994年)
基本情報
正式名
サウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)
首都
リヤド
面積
215・0万平方キロ
人口
2513・1万人(2004年)
1人当たりの国民所得
8530ドル(2002年)

ここからサイドエリア

 

このページの先頭へ

ここからフッターエリア