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スペイン

欧州地区

8大会連続12度目

監督
ルイス・アラゴネス
スペイン代表メンバー
位置 No. 名前
GK カシジャス
19 カニサレス
23 レイナ
DF サルガド
デルオルノ
マルチェナ
プジョル
12 アントニオ・ロペス
15 セルヒオ・ラモス
20 フアニート
22 パブロ
MF アルベルダ
シャビ
10 レジェス
13 イニエスタ
14 シャビ・アロンソ
16 セナ
17 ホアキン
18 セスク
FW ラウル
F・トーレス
11 ルイス・ガルシア
21 ビジャ
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
7組 2004/09/08 1△1 ボスニア・ヘルツェゴビナ
2004/10/09 2○0 ベルギー
2004/10/13 0△0 リトアニア
2005/02/09 5○0 サンマリノ
2005/03/30 0△0 セルビア・モンテネグロ
2005/06/04 1○0 リトアニア
2005/06/08 1△1 ボスニア・ヘルツェゴビナ
2005/09/07 1△1 セルビア・モンテネグロ
2005/10/08 2○0 ベルギー
2005/10/12 6○0 サンマリノ
PO 2005/11/12 5○1 スロバキア
2005/11/16 1△1 スロバキア

 「9・7ショック」が、代表チームとスペイン国民をまとめた。欧州予選開幕以来、7戦目まで「△○△○△○△」と、見事に引き分けと勝利を繰り返していた。8戦目で迎えたホームでのセルビア・モンテネグロ戦は、順番からいっても当然のように勝利が期待されていた。勝てば7組の1位に立つ。「期待」というより、ほとんどの人が勝利を「確信」していた。

 だが、結果は引き分け。それまで無失点だった鉄壁の相手守備陣から1点を奪ったものの、1−1のドロー。2位キープ、そしてプレーオフに目標を切り替えざるを得なくなった。

 追いすがるベルギーの影におびえ、プレーオフ前には、敗退した32年前のトラウマも話題になった。だが楽観的な見方が少なくなるとともに、代表は強さを取り戻した。2002年W杯で韓国に敗れたように、楽観視すればするほど苦戦する。いかにもラテン系らしい「波」を克服しなければ、W杯優勝はおぼつかない。

スペイン代表の顔

 押しも押されもせぬエースがFWラウルだ。名門Rマドリードで、94年に史上最年少17歳4カ月で1部リーグデビュー。97−98年には欧州CLを、98年にはトヨタ杯を制して21歳の若さで世界の頂点に立った。欧州CLは通算3度優勝。クラブで最高年俸を保証されており、ベッカムですら超えることは許されない。
 しかし、W杯は屈辱にまみれている。98年フランス大会は1次リーグ敗退。02年日韓大会も足を痛めて準々決勝の韓国戦を欠場。チームのPK負けを見守るだけだった。ドイツでの雪辱を期したが、昨年11月のバルセロナ戦で左ひざ十字じん帯の部分断裂と軟骨の損傷。出場が絶望視も過酷なリハビリに耐え、2月18日アラベス戦で復帰した。

無敵艦隊

 16世紀に英国征服に向かった大艦隊が由来。94年米国大会でイタリアに敗れて以降、98年フランス大会まで32戦無敗(PK負けは引き分け扱い)を記録してつけられた。ただ近年は国際大会で振るわないため、スペイン国内ではあまり使われない。

重傷者が続出

 のろわれたように主力のケガが続いた。ラウルに続き、昨年12月にはMFシャビが右ひざ前十字じん帯を損傷。1月にはMFバレロンが左ひざじん帯を断裂しW杯を断念した。全治6カ月とみられたシャビの順調な回復が好材料だ。

V候補も勝てない…

 12度目の出場も、過去11度で4強がわずか1度。8強の壁に4度泣いている。国際舞台での大きなタイトルは64年の欧州選手権優勝だけで、優勝候補の期待を裏切り続けている。

期待の新顔が続々

 アーセナルで急成長した18歳のMFセスクと、スペイン国籍を取得してブラジル人で初めて代表入りしたMFセナが3月1日のコートジボワール戦でそろってデビューした。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第2回イタリア大会(1934年)
出場回数
12回
W杯最高位
ベスト4(1950年)
基本情報
正式名
スペイン(Spain)
首都
マドリード
面積
50・6万平方キロ
人口
4252・5万人(2004年)
1人当たりの国民所得
14580ドル(2002年)

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