このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー

ホーム > 2006年ドイツW杯 > チーム紹介 > トーゴ


ここからページ本文

トーゴ

アフリカ地区

初出場

監督
オットー・プフィスター
トーゴ代表メンバー
位置 No. 名前
GK チャニル
16 アガサ
22 オビラレ
DF ニボンベ
アバロ
チャンガイ
12 アコト
19 アセモサ
21 アツー
23 アシム
MF アジアウォヌ
アアグボ
ドセビ
10 ママム
15 ロマオ
20 エラサ
FW アデバヨール
サリフ
11 マルム
13 フォルソン
14 オルファデ
17 モハメド・カデル
18 セナヤ
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
1次 2003/10/11 0●1 赤道ギニア
2003/11/16 2○0 赤道ギニア
2次1組 2004/06/05 0●1 ザンビア
2004/06/20 3○1 セネガル
2004/07/04 0△0 リベリア
2004/09/05 2○0 コンゴ
2004/10/04 1○0 マリ
2005/03/27 2○1 マリ
2005/06/05 4○1 ザンビア
2005/06/18 2△2 セネガル
2005/09/04 3○0 リベリア
2005/10/08 3○2 コンゴ

 1次予選の赤道ギニア戦では、ホームでの2戦目でようやく逆転。最終予選も初戦でザンビア相手に敗戦。苦しい立ち上がりだったが、21歳の若きエースがチームをよみがえらせた。FWアデバヨールは190センチの長身と類希なる瞬発力で、モナコでも活躍するストライカー。予選12試合すべてに先発し11得点を挙げた。特に最終盤には4試合連続得点。その間チームは3勝1分けのラストスパートで、ドイツ行きの切符を勝ち取った。

 最大のライバルとなったセネガルとの対戦で、貴重なゴールを決める勝負強さも見せた。04年6月の初戦では、前半30分の先制ゴールで勝利を引き寄せた。05年6月のアウエー戦では、後半26分に貴重な同点弾。最終的に勝ち点2差で前回W杯出場国を抑えたのは、直接対決を1勝1分けで乗り切ったことが大きかった。本大会でも、主砲の得点で上位進出を狙う。

弱い上にゴタゴタ

 ただでさえ「弱い」とされているのに、ゴタゴタがそれに追い打ちをかけている。最も心配なチームだ。1次リーグで敗退したアフリカ選手権後の2月、ナイジェリア人のケシ監督が解任され、ドイツ人のプフィスター新監督が就任した。だが、一連の混乱で3月1日の国際Aマッチデーに試合を組むことができず、W杯メンバー登録期限(5月15日)の前日に行われるサウジアラビア戦で代表選手の「一発選考」を余儀なくされた。
 しかも、この監督交代劇に関しては、前監督と確執のあったエースFWアデバヨールを除いて、選手のほとんどが支持していない。新監督への批判ではなく、期間があまりに短く、W杯までに満足な準備ができないという理由からだ。元代表監督のマウエナ氏をコーチ陣に加えるなど、次善の策を打ち出してはいるものの、光明は見えてこない。

アフリカ得点王

 エースFWアデバヨールはアーセナル所属で、W杯予選では12試合11ゴールでアフリカ得点王に輝いた。190センチの長身と、しなやかな身のこなしでゴールを量産する。

ボーナス闘争

 1月のアフリカ選手権前にボーナス闘争が起こり、選手が首都ロメのホテルで籠城(ろうじょう)騒ぎを起こした。

エースの反抗

 FWアデバヨールが、アフリカ選手権中に代表離脱を直訴し、当時のケシ監督との間で確執が生まれた。協会はエースを支持し、これが解任劇の一因になったとされている。

旧宗主国と対決

 元フランス領だったこともあり、旧宗主国のフランスとの対戦は特別な意味がある。選手の多くがフランスリーグでプレーしているという事実もある。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第18回ドイツ大会(2006年)
出場回数
初出場
W杯最高位
初出場
基本情報
正式名
トーゴ共和国(Republic of Togo)
首都
ロメ
面積
5・7万平方キロ
人口
555・7万人(2004年)
1人当たりの国民所得
270ドル(2002年)

ここからサイドエリア

 

このページの先頭へ

ここからフッターエリア