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ウクライナ

欧州地区

初出場

監督
オレグ・ブロヒン
ウクライナ代表メンバー
位置 No. 名前
GK ショフコフスキー
12 ピャトフ
23 シュスト
DF ネスマチニー
ヤチェンコ
イエゼルスキー
ルソル
13 チグリンスキー
17 ワシチュク
22 スビデルスキー
MF ティモシチュク
シェライエフ
グセフ
11 レブロフ
14 グシン
18 ナザレンコ
19 カリニチェンコ
21 ロタン
FW シェフチェンコ
10 ボロニン
15 ミリェフスキー
16 ボロベイ
20 ベリク
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
  年/月/日 スコア 相手 HA
2組 2004/09/04 1△1 デンマーク
2004/09/08 2○1 カザフスタン
2004/10/09 1△1 ギリシャ
2004/10/13 2○0 グルジア
2004/11/17 3○0 トルコ
2005/02/09 2○0 アルバニア
2005/03/30 1○0 デンマーク
2005/06/04 2○0 カザフスタン
2005/08/08 1○0 ギリシャ
2005/09/03 1△1 グルジア
2005/09/07 0●1 トルコ
2005/10/08 2△2 アルバニア

 旧ソ連時代からの名門クラブとして知られるディナモ・キエフ。ブロヒン監督が活躍し、FWシェフチェンコも所属していた。長くウクライナ代表=ディナモ・キエフという図式が知られていたが、今回のチームは少し違う。海外組はシェフチェンコ(ACミラン)とボロニン(レバークーゼン)の2人だけで、国内組が多数を占めるが、選手は多くのクラブから集められている。キエフ頼みの代表チームからの脱却だ。

 予選に出場した27選手のうち、現在ディナモ・キエフに所属しているのは6人だけ。ドニエプロペトロフスクが7人、シャフタル・ドネツクが4人など、国内リーグ各クラブの選手が呼ばれている。ブロヒン監督は就任後、思い切った若返り策を実行。リーグ戦で活躍する選手を積極的に登用した。代表スタッフなど相変わらずキエフ色は強いものの、キエフに頼らないチーム作りが攻守に安定感をもたらし、欧州一番乗りでのW杯初出場につながった。

将来の大統領

 ウクライナといえば、FWシェフチェンコ(29)の存在を抜きには語れない。W杯予選ではチームトップの6得点をマークし、主将としてチームを初のW杯へ導いた。元陸上選手だった母譲りの身体能力で、鋭い突破が武器。98〜99年シーズンには欧州CL得点王となり、Dキエフの4強進出の原動力となった。翌シーズンにはACミランへ移籍し、04年には欧州最優秀選手賞も獲得。準々決勝まで終了した今季の欧州CLでも9得点でランク1位と、世界最高峰のストライカーとして活躍している。「ウクライナのサッカーを世界の人に見せること。これは使命だと思っている」。ユーシェンコ大統領のアドバイザーを務め、将来の大統領候補といわれるウクライナの英雄は、初のW杯へ並々ならぬ闘志を燃やしている。

三度目の正直

 91年12月に旧ソ連から独立。98年フランス大会予選ではクロアチアに、02年日韓大会予選ではドイツに、ともにプレーオフで敗れた。今大会は前回大会3位のトルコ、04年欧州選手権優勝のギリシャなどを抑え、三度目の正直で初出場を決めた。

堅守

 欧州予選2組12試合を、7失点で乗り切った。堅守からのカウンターが持ち味で、決定力のあるシェフチェンコ、ボロニンの2トップがゴールを奪う。

旧ソ連勢で唯一

 旧ソ連勢15カ国(欧州連盟11、アジア連盟4)で今大会唯一の出場。欧州一番乗りで欧州30カ国目、世界70カ国目のW杯出場国になった。

国会議員

 オレグ・ブロヒン監督(52)はソ連代表として82、86年大会に出場した快足FW。「ウクライナの矢」と呼ばれ、Dキエフに所属していた75年には欧州最優秀選手賞を獲得している。国会議員と代表監督を兼務し、規律に厳しいことでも有名。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第18回ドイツ大会(2006年)
出場回数
初出場
W杯最高位
初出場
基本情報
正式名
ウクライナ(Ukraine)
首都
キエフ
面積
60・4万平方キロ
人口
4743・2万人(2004年)
1人当たりの国民所得
780ドル(2002年)

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