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ニッカン蹴球倶楽部コラム

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2005年12月26日

ナオコ20年目の開眼、そして「取ります3冠」:川上直子

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 みなさんクリスマスいかが過ごされましたか??
 私は特にイベント好きでもないし、サンタさんがきてくれる年齢でもないのでクリスマスだからといって特に。。。
 だからクリスマス終わったけど、まだ帰ってないサンタさんがいたらアタシのとこに来てくれてもイイデスヨ(゜∀゜)♪

 2006年元旦、天皇杯決勝の前座で全日本女子選手権の決勝が行われます。ベレーザに移籍して1年目を締めくくる試合。移籍してからの自分を振り返るにはまだ早いと思うし、元旦・決勝戦が終わってみないとゆっくり振り返ることはできないけれどベレーザに来て松田監督と出会えたことは大きな出来事でした。

 サッカーは点を取り合うスポーツで、その点をどーやって取るか? どー相手を崩していくか? 相手チームにも色々なタイプがあるが、その中で自分たちのサッカーをしていくには? 正直今までそんなに考えてサッカーをやってきてなかったのです。でも今、松田監督のもと、その日、その週でいろんな課題をもっての練習メニューが組まれていて、多少考えながらというか頭で理解しながら練習に取り組んでいます。

 今まで考えることも少なくやってきた私にとっては「そうかぁ!」「へぇ〜!」と思うことが実際多く、サッカーって深いなって思いながらの日々です。でも、頭で理解出来ていても、それをグラウンドで表現できるか? といえば別で、そのギャップに自分自身なんでこんなことができないの(>_<)って悲しくなることも多いのが現状です。相手がいるスポーツなので自分たちのやりたいようにばかりはいきません。

 でもその中で自分たちが主導権をもってサッカーをするためには、行き当たりばったりのサッカーではなく、チームとして共通のものをもっていなければいけません。そんな当たり前のことを20年サッカーをやってきて、初めてちゃんと考えさせてもらいました。そのことは私のサッカー人生の中で大きな出来事でした。だから元旦の決勝戦で、今年取り組んだコトの1つでも多くをベレーザとしてグラウンドで表現できれば、優勝という結果は必ずついてくると思うし、シーズン当初の目標である3冠☆を手に入れることができると思います。

 私たち選手はたくさんの方のサポートがあってピッチに立てているので、スタッフやサポーター、その他ベレーザに携わっていただいてる方への日ごろの“感謝”も含め、元旦・国立ではプレーしたいと思います。そんなベレーザの姿を元旦国立にぜひ見にきてください!(^∀^)!
 そして前回最後に書いた話なのですが、サッカーの神様が微笑むことはなく、私たちのクラブのトップチームである東京Vの来季J2への降格が決まってしまいました。
 『ヴェルディ愛♪』・・・私はここのクラブにきてまだ1年もたっていませんが、チームに愛着のある人って色々立場は違うけどいっぱいいるなぁ。って感じてます。
 なので、ラモスさんの監督就任により『ヴェルディ愛♪』がもっ?大きなものとなって、来季のヴェルディの活躍につながってほしいなと思います。
 秋ごろからこの日刊さんのページで自分の話を4週に1度始めさせていただいたのですが、日ごろ自分の思っていることや気持ちを伝えたりする機会って意外と少ないので、私自身は、こうやって書かせていただくのを楽しみにしてます。でも実際は、思っていることを文にする難しさも感じながらですが、、。

 2006年もこのペースで私なりに書かせていただく予定ですので、今後もよろしくお願いします。
 では2005年も残りわずかとなりましたが、楽しい日々を♪♪♪お過ごしください(^0^)/

※写真は全日本女子選手権準決勝、浦和戦でボールをキープする川上直子

川上直子(かわかみなおこ/日テレ・ベレーザ所属)
 84年明石市高丘西小1年の時にサッカーを始め、高丘中1年の時に神戸FCレディース(現TASAKIペルーレ)に入団。05年2月、新天地を求めてベレーザに移籍した。TASAKI時代はボランチだったが、「なでしこ」でサイドバックとして起用され、ベレーザでは右サイド、ボランチと幅広くこなす。広い視野とサイドからの攻め上がりが武器。 01年12月に行われた第13回アジア女子選手権(台北)で代表デビュー。04年8月のアテネ五輪にも出場した。国際Aマッチ出場は48試合。 ニックネームは「ハワイ」。156センチ、50キロ。

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