2006年05月19日
だから宮本恒靖はカッコイイのだ!:小縣裕介
日本代表キャプテン宮本恒靖選手を形容する言葉を探してみる。サッカースタイルでは、「クレバー」、「冷静」。私生活でも「イケメン」、「おしゃれ」など、ほめたたえる言葉が並ぶ。事実その通りである。しかし、彼は決して用意されたゴールデンロードばかりを歩んできたわけではない。何度となく訪れた厳しい現実をはね返してきたからこそ、今の格好いい宮本が存在するのだ!
今季のJリーグ開幕間もないことだった。「2006年は、W杯、リーグ戦、ACLと大変やね?」と聞くと「ホンマは大変なんですけど、自分がこういう状態なんでねえ。でも自分のできるトレーニングでしっかりつくりあげますよ」と微妙な言い回しながら宮本は前向きに答えた。
代表では不動のDFリーダーであり、昨年G大阪を初優勝に導いた主将でも約束されないチームのレギュラーの座。6月に控えるW杯に向けて実戦感覚を養えないもんもんとした日々を送っていた。
初めて宮本選手と出会ったのは94年、随分と昔のことになる。Jユース杯でG大阪が初優勝を飾ったその年、宮本少年は18歳、学ラン姿でスタジオに現れたのが印象に残っている。質問に対しては必ず一拍おいて、その意図をよく考えて答える姿は今とほぼ変わらず、高校生の域を超えた落ち着きぶりだった。
昔と今で変わったところは、ヘアースタイルが「カリスマ美容師風」(←死後?)になったくらいではないだろうか(笑)。
ちなみにガンバユースはその後、稲本、大黒、二川、家長ら好プレーヤーを次々と生み出す日本一の組織になったのはご存知の通りである。
宮本は高校卒業後、「サッカーと学業を両立させたい」とのことで同大に進み、大学生Jリーガーとなり、学校に1人はいる「勉強もスポーツもできる子」の超進化系で最高のプロ人生のスタートを切った。しかし、トップチーム昇格後、簡単にレギュラーは奪えず、チーム事情からボランチにまわったりもした。
その後、念願の海外移籍寸前でその夢が絶たれるという事件もあった。失意の中、国内で頑張ろうとした宮本だったが、チームは宮本移籍を前提に補強を進めていたことから、自分の居場所をはく奪されての苦しい再スタートを余儀なくされた。
また、02年のW杯も、もともとレギュラーではなかったことは記憶にも新しいところ。森岡のけがで最終ラインに入り“バットマン”として活躍したわけだ。いつ訪れるか分からないときに備えていたからこそ! な出来事だった。
ざっと挙げてみたが順風満帆というよりもどちらかといえば、逆境をことごとく、はね返してきて今の宮本選手があるように見える。決して体格に恵まれているわけでもなく、ドイツでの戦いもそう簡単なものではないはずだ。
でも必ずやワールドクラスの高さやスピードを“頭脳”と“経験値”で封じてくれると感じさせるのは、彼が何度となく襲い掛かるアゲンストを涼しい顔してフォローに変えてきたからだと思う。
だから宮本はカッコイイのだ!
- 小縣裕介(おがたゆうすけ/朝日放送アナウンサー)
- 1971年生まれ、神戸出身。愛称「ガッチ」として、音楽番組からスポーツ中継を担当。小学4年から現在に至るまでサッカー歴20年超。朝日放送アナウンサーとしてアトランタ五輪、フランスW杯など各種世界大会を取材。特技は4000回を超えるリフティング。


