2006年06月24日
人選の基準不明、流れを変える選手いなかった…
<1次リーグ:ブラジル4-1日本>◇22日◇F組◇ドルトムント
結果的に、ジーコ監督の人選、采配の基準が分からなかった。日本のよさが出ないまま終わった。速い攻撃が長所のはずが、コンディション不足、運動量不足で力を出し切れない。MF中村が走れず、持ち味が出ない。W杯は足先の技術だけでは通用しないのだ。
ブラジル戦では、後半から中村に代えてMF小野を出すと期待した。流れを変える必要があった。それでもジーコ監督は中村を信じた。個の力、自主性を重んじてきた。いいことだが、トルシエ前監督が組織のマニュアルを持っていたのと対照的に、ピンチに陥った際に戻る「原点」がないように感じた。
今回の23人は同じポジション、タイプの似た選手がかぶり、状況を変えられる選手が足りなかった。ルマンMF松井やC大阪に復帰するFW大久保がいれば、苦しいときに変化がつけられたかもしれない。守備で世界に対抗するには、高さや強さにこだわり、浦和DF闘莉王や横浜DF松田という選択肢もあったはずだ。
選手は精いっぱいやっただろうが、運動量の低下で、気迫が見ている者に伝わらなかった。最後はMF中田英に頼りすぎ、彼だけが完全燃焼しているように映った。(日刊スポーツ評論家)
- 沢登正朗(さわのぼり・まさあき)
- 1970年(昭45)1月12日、静岡県富士宮市生まれ。上野小1年でサッカーを始める。東海大一(現・東海大翔洋)に進み全国高校選手権では86年優勝、87年準優勝。東海大では1年からレギュラー。87年にユース代表入りし、88年のアジア選手権と92年バルセロナ五輪予選で主将を務める。92年に清水入団。Jリーグ開幕の93年新人王、99年ベストイレブン。日本代表入りは93年で、94年の米国W杯予選と広島アジア大会、00年アジア杯に出場した。国際Aマッチ16試合出場3得点。


