2006年04月30日
ジーコ日本は3バックで!韓国を実験台に
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こちら(ドイツ)に住んでいると、どうしても日本代表関連の情報には疎くなってしまう。たまに出版社から自分の記事の掲載誌などが送られてくると、むさぼるように読みこんでいく。
ものすごい吸収力でその情報をインプットし、妄想を張り巡らせる。
先日送られてきたスポーツ誌には、三都主アレサンドロのインタビューが掲載されていた。
3バック、4バック論に実に深い突っ込みがなされていたのが印象的だった。
2月28日のボスニア・ヘルツェコビナ戦の試合内容は、物議を醸しているようだ。別のFW選手の記事でもこのことに話が及んでいて、根深い問題なんだなと感じる。
先日、大分で行われたエクアドル戦では、試合前日の練習で4バックから3バックに切り替わったとも聞く。
この3バック/4バック論について、ここ欧州に住みながら思うことがある。
ジーコジャパンの基本フォーメーションは、ずばり、3バックが良いと思う。
4月の上旬に「FOOTBALL NIPPON」(講談社)の取材で、欧州でプレーする海外組の選手に会う機会があった。4バックについてこう話していた。(すごく面白い話なので、詳細はぜひ雑誌でご一読を!)
「ここでは、ほとんどすべてのチームが4バックでやっています。それは『個人主義』の上に成り立っていると思う。2人のセンターバックは、自分のエリアにボールが入ったら、個人勝負で行く。負けたらその人のせいなんです」。
反面、3バックはカバーリングという考え方がしやすいのでは、と言うのだ。
これとぴったり当てはまる経験を筆者も味わった。
雑誌「Number」(文藝春秋社)の連載で、ドイツ・ケルンに渡り、現地のアマチュア10部リーグに挑戦する体験取材をやらせてもらっている。昨年9月に渡って8カ月。自称「海外組」と名乗り、とんでもなくヘタなドイツ人の中で、同じくらいヘタな日本人として、し烈な戦いを演じている。
そんな、ドヘタ草サッカーの話を日本代表と比べることはおこがましくもある。それでもヘタなりに欧州サッカーを肌で感じているのだ。堂々と言わせてもらおう。
全30試合のリーグ戦は残り7節で佳境に入りつつある。愛すべきわがチームは、11部降格の危機に直面している。21節の行なわれた4月9日には、かなりキツい目に遭った。3バックの左DFで先発出場したこの日、マークする相手に2ゴール1アシストを許し0−6の大敗の原因となってしまった。
後半早々に先制を許すと、そのままリベロが上がりっぱなしに。残った2人のストッパー(筆者含む)は1対1での厳しい局面を迎え、ズタズタに切り裂かれた。後ろでカバーしてくれる選手がいなくなった途端、相手と対面するのが恐ろしくなった。
翌節からレギュラーの座をはく奪されてしまった。チームメートもとたんに冷たい態度に。はっきりと、自分のせいにされてしまった。リベロが攻撃参加したあと、4バックに近い状態を経験した。後ろにリベロが守っていないという状況は厳しいものだった。
「ああ、あのフランスでプレーしている選手がインタビューで言っていたとおりだ」と思った。
「4バックの日本代表が見たい」という根拠のひとつには、欧州の最先端のシーンでも主流となっているシステムと同じモノを見たいという考えがあるだろう(ジーコの出身国・ブラジル式の4バックというのは、ちょっと違う面があるが)。3バックはもう古いシステムだとも言える。
ただ、大会に向けてチームは問題を解決していかなければならない。3バック/4バック論は、諸問題のうち、解決策が見出しやすいものの1つではないか?
ミスをカバーし合える方法はより安全な方法だ。また、DFの選手にはいわゆる「海外組」がいないのだ。
4バックの導入は、次の大会への課題としよう。
今、ちょうど韓国がこの実験をやっているところだ。
あちらは、大の苦手だった4バックを本大会まで半年の段階で導入しようとしている。韓国を取材する中で、出てくる4バックを嫌う根拠は次のとおりだ。
「DFラインが4人だと、ラインコントロールが難しくなる」
「3バックと比べ、CBはFWのマーク以外にサイドバックのケアを考えないといけない。役割が多くなる」
「サイドバックが上がった後、そのスペースを突かれ、失点を喫してしまう」
などなど…
彼らを実験台にして、次の大会でどう導入するかをじっくり検証すればいい。
欧州の最先端を追いかけるべきか、それとは違う、日本に合ったシステムがあるのか−−−。
※写真はドイツ10部リーグ、ジャンプしていない相手にヘディングで勝てない筆者。3バックで、より明確にカバーリングしながら守るのが日本には大切(写真提供:吉崎英治氏)
- 吉崎エイジーニョ
- 本名吉崎英治。1974年生まれ。大阪外大朝鮮語科卒。フリーランスのサッカーライターとして「Number」「サッカーマガジン」などに執筆する。
2002年、日刊スポーツの入社試験を受け、最終面接で落ちた過去を持つ。だからこそ、オファーをくれたこのサイトのために頑張る。
2005年9月に渡独。W杯開催国で先乗り取材を続ける。個人ブログ: http://ameblo.jp/eijinho/


