−第17回日韓大会−
ジダン負傷でフランスまさかの1次L敗
アジア初、しかも初の共同開催となった02年日韓大会。フランスの優勝を疑う人は、そういなかった。
4年前に自国開催のW杯を圧倒的な強さで制し、2年前の欧州選手権も当たり前のように優勝した。司令塔ジダンを軸にプレミアリーグのアンリ、セリエAのトレゼゲ、フランスリーグのシセと欧州リーグの得点王が3人。誰もが「ジダンの大会」になると思っていた。
ジダンは、大会の1年前に史上最高額(推定80億円)でユベントスからRマドリードに移籍した。欧州チャンピオンズリーグ優勝の原動力となり、技術、フィジカル、創造性など、すべての面で最高の評価を得ていた。しかし、開幕5日前の5月26日、アクシデントが発生。韓国との親善試合で左太もも裏に肉離れを起こしてしまった。
それでもルメール監督は焦らなかった。「1次リーグ最初の2試合は無理だけど、最終戦のデンマーク戦(6月11日)には復帰できる。でも、2戦目で突破を決め、ジダンはなるべく長く休ませて決勝トーナメントから出場させたい」。
ところが、得点王を集めたFW陣に、生きのいいボールが供給されない。開幕戦でセネガルに0-1で負け、2戦目のウルグアイにはスコアレスドローで、がけっぷちに立たされた。仕方なく3戦目のデンマーク戦でジダンが強行出場。2点差以上で勝てば決勝トーナメント進出だったが、体が思うように反応しない。0-2で敗戦。フランスは3試合無得点で、決勝の地・日本に上陸することもできずに去ってしまった。
「1次リーグで敗退するとは考えもしなかった。1点取ることも難しかった。2点差がついてから終盤は、少し気が抜けた。サッカーは何が起きるか分からない」。ジダンは試合後、世界各国から集まった報道陣に、韓国入りしてから初めて口を開いた。【02年大会取材・盧載鎭】

