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日本からドイツへの恩返し/ビバW杯

 「もう、ドイツ語を忘れちゃったよ。(留学していたのは)20年も前だから」。日本協会の田嶋幸三技術委員長(48)は照れくさそうに笑った。

 日本代表がベースキャンプを張るボンで活動する独日協会ボンが、7~21日まで日独文化交流を目的とする各種イベントを開催する。その記者発表が2日に行われたが、ジーコジャパンを代表して同委員長が出席。流ちょうなドイツ語を駆使して歓待に感謝するあいさつを行った。「あとは空が日本代表カラーのブルーになってくれればね」と不安定な天候の回復を関係者に注文し、ドイツ人を笑わせた。

 サッカーにおける日本とドイツのかかわりは深い。64年の東京五輪を前に「日本サッカーの父」と呼ばれるドイツ人のクラマー氏が来日。同氏の指導があって日本は、68年メキシコ五輪で銅メダルを獲得した。76年に浦和南高で全国高校選手権に優勝し、80~82年には日本代表として活躍した同委員長も83年間から4年間、ドイツ・ケルン体育大へ留学。サッカーを学んでいる。「僕個人としても日本代表をあきらめて、ドイツにサッカーを勉強に来た。こうして日本のサッカーに携わる形でここへ戻って来られたのは感慨深い」。代表チームと一緒にドイツ入りした先月26日から「ドイツへの恩返し」とばかりに代表練習の合間を縫って、ボン市主催のライン川下りなど各種交流イベントに精力的に顔を出している。

 日本協会は2015年までの約束として、代表チーム、そして日本協会という組織が、世界のトップ10に入ることを掲げている。「日本サッカーの発展へ、もっともっとドイツとの関係を深めていきたい」と田嶋委員長。流ちょうなドイツ語が、さび付くこともなさそうだ。【岡本学】

[2006年6月3日8時56分 紙面から]


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