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加地がクロアチア戦で復帰

ウオーミングアップでボールでボールを蹴るDF加地(撮影・蔦林史峰)
ウオーミングアップでボールでボールを蹴るDF加地(撮影・蔦林史峰)

 不屈の男が日本を救う。日本代表DF加地亮(26=G大阪)が13日、クロアチアとの1次リーグ第2戦(18日)での復帰へ加速した。逆転負けのオーストラリア戦は右足首ねんざのためベンチで観戦した。ジーコ監督(53)からは2戦目での復帰指令を出されており、この日のリハビリはペースアップした。追い込まれた日本を救うべく、背番号21が右サイドに戻ってくる。

 ジーコ監督の視線の先で、加地が右からのクロスを繰り返した。「6~7割の力で蹴りました。痛みはないです。クロアチア戦に間に合いそうです」。オーストラリア戦の逆転負けから一夜明けたこの日、控え組だけが練習する横で復帰への手応えをつかんだ。チーム医師も「明日(14日)から全体練習に合流できる。あとは監督次第です」とゴーサインを出した。

 5月30日のドイツ戦で負った右足首ねんざは、通称ベッカム・カプセル(高気圧酸素カプセル)のほか、持参した電気治療器を使って回復に努めてきた。オーストラリア戦も志願のベンチ入り。W杯の雰囲気を味わうとともに、気持ちを臨戦態勢にもっていった。

 ジーコ監督との誓いもある。ボンから初戦会場のカイザースラウテルンに移動する際、クロアチア戦での復帰を指令された。「初戦を見て、そのまま駒野を使うかもしれないが、とにかく次に行ける状態にしてくれ」。その駒野はオーストラリア戦で攻守に精彩を欠き、流れを変える意味でも加地が抜てきされる可能性は高い。

 逆境からはい上がるのが加地のサッカー人生だった。C大阪2年目のオフ。「このままでは終わってしまう」と厳しい環境を求めてJ2大分移籍を決意した。小学校時代の恩師に大分へ向かうフェリーから電話報告だけをすると、その後2年間、音信は途絶えたという。退路を断った武者修行でたくましさと自信をつけ東京へ移籍。03年10月、日本代表の一員になった。

 大会直前に起こった悲劇さえ、前向きにとらえる強いハートがある。「いいんですよ、この方が。あまりうまく行き過ぎない方がいい」。負ければ1次リーグ突破が絶望的となるクロアチア戦。「監督の期待に応えないといけない。ベストの状態でいけるように」。サイドの攻防がカギになる決戦を、22日のブラジル戦につなげる復活舞台にする。【西尾雅治】

[2006年6月14日9時5分 紙面から]


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