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9大会連続14度目
- 監督
- ホセ・ペケルマン
| 位置 | No. | 名前 |
|---|---|---|
| GK | 1 | アボンダンシエリ |
| 12 | レオ・フランコ | |
| 23 | ウスタリ | |
| DF | 2 | アジャラ |
| 3 | ソリン | |
| 4 | コロッチーニ | |
| 6 | ハインツェ | |
| 13 | スカロニ | |
| 15 | ミリト | |
| 17 | クフレ | |
| 21 | ブルディソ | |
| MF | 5 | カンビアッソ |
| 8 | マスケラーノ | |
| 10 | リケルメ | |
| 16 | アイマール | |
| 18 | マキシ・ロドリゲス | |
| 22 | ゴンサレス | |
| FW | 7 | サビオラ |
| 9 | クレスポ | |
| 11 | テベス | |
| 14 | パラシオ | |
| 19 | メッシ | |
| 20 | クルス |
- 戦力チャート図

| 年/月/日 | スコア | 相手 | HA |
|---|---|---|---|
| 2003/09/06 | 2△2 | チリ | H |
| 2003/09/09 | 3○0 | ベネズエラ | A |
| 2003/11/15 | 3○0 | ボリビア | H |
| 2003/11/19 | 1△1 | コロンビア | A |
| 2004/03/30 | 1○0 | エクアドル | H |
| 2004/06/02 | 1●3 | ブラジル | A |
| 2004/06/06 | 0△0 | パラグアイ | H |
| 2004/09/04 | 3○1 | ペルー | A |
| 2004/10/09 | 4○2 | ウルグアイ | H |
| 2004/10/13 | 0△0 | チリ | A |
| 2004/11/17 | 3○2 | ベネズエラ | H |
| 2005/03/26 | 2○1 | ボリビア | A |
| 2005/03/30 | 1○0 | コロンビア | H |
| 2005/06/04 | 0●2 | エクアドル | A |
| 2005/06/08 | 3○1 | ブラジル | H |
| 2005/09/03 | 0●1 | パラグアイ | A |
| 2005/10/09 | 2○0 | ペルー | H |
| 2005/10/12 | 0●1 | ウルグアイ | A |
予選の最中に監督交代劇があり、主力選手の顔ぶれは変わりつつある。02年W杯の中心的存在だったMFベロンは声がかからなくなり、DFサムエルもレギュラーの座を失った。サネッティ、ソリンの両ベテランDFを精神的支柱に、若手がうまく融合している。
2人の監督の下で変わらずエースの働きを見せてたのがFWクレスポ。前半戦は4試合連続弾で首位快走へ導いた。後半戦のクライマックスは、ホームでW杯出場を決めた6月8日のブラジル戦。2ゴールを決める活躍で3−1と、前回対戦(04年6月2日、1−3)のリベンジを果たした。11試合7得点で、ゴールした試合は4勝2分けと不敗神話になりつつある。
一方で相棒がまだ定まっていない。サビオラは10試合1得点と満足いく成績ではない。アテネ五輪得点王のテベスも、8試合無得点とカベを打ち破れないでいる。メッシの成長に期待がかかる。
ユースの名将
辞任したビエルサ前監督に代わり、04年9月にホセ・ペケルマン監督(56)が就任した。同監督は8年間にわたり4世代連続でユース代表を指揮。ワールドユース選手権(20歳以下)で95、97、01年と3度優勝に導いた実績を誇る。初のA代表監督に就いてもユースでの経験が生きた。南米予選では起用した49人のうち半数近い22人がユース時代の教え子。95年組の主将のDFソリン、97年組のMFリケルメら主力のほとんどがユース出身の「ペケルマン・チルドレン」だった。選手の能力を熟知しており、選手からの信頼感も高く、戦術面もすんなりチームに浸透した。就任初戦のウルグアイ戦に4−2で勝ち、その後も4戦負けなし。その勢いに乗り、南米最速でW杯出場を決めた。
ターンオーバー制
ペケルマン監督は1年半で実に約60人を代表に招集した。予選では2チーム分準備。05年3月のボリビア戦ではエースFWクレスポに代えFWメッシら若手を起用するなど7人を初出場させて2−1で勝利。4日後のコロンビア戦は先発9人を入れ替え再びベスト布陣に戻して1−0で勝った。
マラドーナ2世
FWリオネル・メッシ(18)の愛称。バルセロナ所属で05年ワールドユース選手権MVP。才能とゴール嗅覚(きゅうかく)に加えて169センチの小柄な体形が英雄をほうふつさせる。また、デビュー戦となった8月のハンガリー戦で、途中出場後2分で相手DFにひじうちを食らわせて退場処分を受けるなど「悪童」ぶりも似ている。
国内組1人
代表選手のほとんどが海外組。今年3月1日のクロアチア戦では招集した19人のうち国内組はボカ・ジュニアーズGKアボンダンシエリ1人だけだった。
沈黙の大国
「マラドーナのための大会」とまでいわれた86年メキシコ大会の優勝から約20年間、優勝から遠ざかっている。94年米国大会からの3大会は常に優勝候補に挙げられながら準決勝にも進出していない。02年大会では62年大会以来40年ぶりの1次リーグ敗退の屈辱を味わった。
(データは2006年5月1日現在)
過去のW杯
- 初出場
- 第1回ウルグアイ大会(1930年)
- 出場回数
- 14回
- W杯最高位
- 優勝(1978年、1986年)
基本情報
- 正式名
- アルゼンチン共和国(Argentine Republic)
- 首都
- ブエノスアイレス
- 面積
- 278・0万平方キロ
- 人口
- 3778・0万人(2004年)
- 1人当たりの国民所得
- 4220ドル(2002年)


