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ブラジル

南米地区

18大会連続18度目

監督
カルロス・パレイラ
ブラジル代表メンバー
位置 No. 名前
GK ジダ
12 ロジェリオ・セニ
22 ジュリオ・セザール
DF カフー
ルシオ
フアン
ロベルト・カルロス
13 シシーニョ
14 ルイゾン
15 クリス
16 ジウベルト
MF エメルソン
カカ
10 ロナウジーニョ
11 ゼ・ロベルト
17 ジウベルト・シウバ
18 エジミウソン
19 ジュニーニョ
20 リカルジーニョ
FW アドリアーノ
ロナウド
21 フレッジ
23 ロビーニョ
戦力チャート図
戦力チャート図
大陸別予選成績
年/月/日 スコア 相手 HA
2003/09/07 2○1 コロンビア
2003/09/10 1○0 エクアドル
2003/11/16 1△1 ペルー
2003/11/19 3△3 ウルグアイ
2004/03/31 0△0 パラグアイ
2004/06/02 3○1 アルゼンチン
2004/06/06 1△1 チリ
2004/09/05 3○1 ボリビア
2004/10/09 5○2 ベネズエラ
2004/10/13 0△0 コロンビア
2004/11/17 0●1 エクアドル
2005/03/27 1○0 ペルー
2005/03/31 1△1 ウルグアイ
2005/06/05 4○1 パラグアイ
2005/06/09 1●3 アルゼンチン
2005/09/04 5○0 チリ
2005/10/09 1△1 ボリビア
2005/10/12 3○0 ベネズエラ

 ブラジル代表は、攻撃陣の世代交代に成功した。南米予選が始まった03年9月当時は、02年W杯の優勝の余韻がまだ残っていた。背番号10のリバウドが健在で、MFカカは控え。だが、試合をこなすごとにメンバーが入れ替わっていった。3戦目となった03年11月のペルー戦でカカが今予選初先発し、04年9月からはアドリアーノとロビーニョが初出場を果たした。ロナウドとロナウジーニョが軸として残ったまま、新星が次々に台頭し、現在の豪華攻撃陣が完成していった。

 一方、守備陣は基本的に変わらない。カフー、ロベルト・カルロスの両サイドバックは健在で、後継者は現れたものの、実力で抜かれてはいない。センターバックは、フアンが食い込んできたが、今後もロッキ・ジュニオールとルシオを含む3人で2つのポジションを争うことになる。今は、どの位置にもスキがない。

ジーコの友だち

 パレイラ監督と日本代表のジーコ監督は仲のいい友人だ。昨年8月にはジーコ監督が主催するジュニアユース年代の大会「第8回日伯友好杯」でプレゼンターを務めた。同12月のW杯組み合わせ抽選会の際は朝食をともにし、同年末のジーコ・チャリティーマッチにも足を運んでいる。だが、戦いとなれば話は別。6月23日の日本戦を前に1次リーグ突破が決まったとしても「ほかのチームの手助けをするなんて、あり得ないだろう」と言い切る。同じブラジル人としてジーコ監督の偉大さと怖さを知り、昨年6月のコンフェデ杯でも2−2とてこずったからこそ手綱は緩めない。

記録で圧倒

 今回で18度目のW杯で唯一全大会出場を誇る。5度の優勝、通算60勝も最多だ。決勝でドイツを破った02年大会に続く連覇となれば、58、62年大会以来44年ぶりで初の2度目。さらに3大会連続決勝進出で西ドイツと並んでいるが、今大会も勝ち進めば4大会で新記録となる。

カナリア軍団

 黄色主体で青が混じったユニホームから、その名がついた。自国開催の50年W杯で優勝できずショック死と自殺で4人が命を失った「マラカナンの悲劇」を機に、白を基調としたものから変更。

ロナウドの目標

 FWロナウドは、ドイツ代表FWミュラーのW杯記録14得点の更新を狙う。現在12ゴールで「最多得点を破り、歴史に名を残すことが目標。ただし1番は優勝だ」。

セレソン

 ブラジル代表をこう呼ぶ。ポルトガル語で、英語の「セレクション」と同じ「選抜」のこと。一般的な「代表」を意味する場合もある。ブラジル人作家ロドリゲスが残した「セレソンとはサッカーシューズを履いた国家そのもの」という言葉が示すように、国の名誉と威信を背負うのが「セレソン」だ。

(データは2006年5月1日現在)

チームデータ

過去のW杯
初出場
第1回ウルグアイ大会(1930年)
出場回数
18回目
W杯最高位
優勝(1958年、1962年、1970年、1994年、2002年)
基本情報
正式名
ブラジル連邦共和国(Federative Republic of Brazil)
首都
ブラジリア
面積
851・4万平方キロ
人口
1億7909・1万人(2004年)
1人当たりの国民所得
2830ドル(2002年)

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